剣と虹とペン

3
2ページ/3ページ


 空港から出た赤い車の後ろにつけると、リアウインドウ越しに見える2人は、話がはずんで随分楽しそうに見える。御剣もときどき笑っているのが、頭の動きでわかった。

 車は郊外まで行くと、高い塀に囲まれた屋敷の中に入っていった。門の奥は木が茂っていてかなりの豪邸のようだ。なるほど、相当なお嬢様となるとますますお似合いに思える。
 奈理は、見つからないよう門を通り過ぎ距離を取って車を止めた。ボイスレコーダーに屋敷の番地を録音する。当分出て来ないだろうと車を出そうとしたとき、バックミラーに赤い車が門から出てくるのが映る。

(もう?)

 あわてて後を追うと、車には御剣しか乗っていない。お茶の一杯も飲んでいない時間だ。ムチのしなる音と組み合わさって、奈理の頭の中に「下僕」という単語が浮かぶ。

 もしかしたら仕事の予定でもあるのかと思ったが、車はしばらく走って市街地にある大きい書店の駐車場に入った。
 御剣はまずは専門書のフロアに行き、法律関係の棚を短時間でぐるりと回る。それから彼が向かったのは児童書コーナーだ。

(んん? どういうこと?)

 長い。法律書のフロアより全然長い。いくつか手に取って食い入るように読んでいる。チビっ子たちに混じったスーツ姿はかなり珍妙だ。司法界では誰からも怖れられる天才検事なのに‥‥‥。御剣はやっと何冊か選んでレジに持って行った。奈理は本棚の陰で「大江戸戦士トノサマン図鑑、ヒメサマン大百科、月刊特撮ヒーロー」とボイスレコーダーに入れる。

 御剣は書店を出るとそのまま自宅に戻った。


(尾行初日にしては上々かな??)

“天才検事がムチの美女の下僕!?”というタイトルが頭に浮かんで奈理はにんまりとする。ちょっと下品だけど編集長もまずはゴシップでいいと言ってたし、とりあえず囲み記事とかになりそうな感じ。
 彼女は自宅に帰ると記事の下書きを仕上げ、満足して眠りについた。


 ◇ ◇ ◇


「何が下僕だバカタレ! 狩魔冥も知らないのか!?」

 次の日、編集部に顔を出して記事の下書きを提出した奈理は、いきなり編集長に大目玉をくらった。
「へっ!?」
「最近日本の法廷に立ってないとはいえ、まったく‥‥‥」そう言って舌打ちする。「御剣とは子供の頃からの兄妹弟子だ。送り迎えしてもムチを振るわれても何のニュースにもなりゃしない。裁判でもあって帰国してるのならまだしも」
「あっ、狩魔豪の‥‥‥?!」
「渡した資料はちゃんと読んでるのか?」

「じ、じゃもう一つ、あの。帰りに本屋に立ち寄ったんですが‥‥‥」
 奈理は焦って、御剣が児童書を買い込んだことを説明する。「もしかしたら、か、隠し子がいるかもしれません!」

「隠し子だあ? 飛ばしにもほどがある。ガキの本を買ったぐらいで記事になるか! 次はもうちょっとマシなもん書いて来い」
 編集長はいつも以上に荒々しい口調で言った。
「はい‥‥‥」
 奈理はボツになった下書きを持つと、来る時とは正反対の気持ちで編集部を後にした。



 その翌日、検事局に出勤した奈理は、いつものように両手に重い届け物を抱えて御剣の執務室に向かった。

 今まで何度かドアを開けた途端に新聞と郵便物を床にばらまいてしまったが、今日はなんとか抱えたまま室内に入って来れた。腕の筋を違えそうになりながら、それを御剣の向かい側から執務机に置く。どさりと置いた勢いで、上に重ねていた封書の山が崩れ、いくつか御剣が読んでいた書類の上までざざっと滑り落ちた。

「あぁっ」奈理は思わず声を漏らす。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ