剣と虹とペン
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「‥‥?」
御剣は糸鋸の目線に導かれ、その大きい体の後ろを覗き込んだ。
そこに立っていたのは、いま話題になっていた新人の事務職員その人。
御剣の瞳が、彼女の瞳とぶつかる。彼女はすぐに目を伏せると会釈して、やっと行き着いた隣のレジへ急ぎ足で移動した。
「い、いつから後ろに立っていたのだ」
事務職員の後姿を目で追いながら、さすがに御剣も焦った様子で糸鋸に聞く。
「今さっき気づいたッス」
「早く気づきたまえ! その図体に隠れて見えなかったではないか!」
「す、すまねッス」
「聞こえてはいないだろう」
「御剣検事の声、かなりデカかったッスよ」
「‥‥‥」
御剣とテーブルにつくと糸鋸は眉を下げて言った。
「ショック受けた顔してたッスね‥‥‥」
「し、知らん。事実を言ったまでだ」
御剣は目を合わせず食事を口に運ぶ。
「自分はよく言われるから慣れてるッスけど‥‥‥」
「‥‥‥」
「役立たずとか‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「まだ入ったばかりッスよね」
「もういいッ!」
そのあと2人は言葉少なに昼食を終えた。
◇ ◇ ◇
その週の土曜日、昼過ぎ、奈理は法律速報社の会議室で編集長と向き合っていた。くすんだガラス窓から隙間風が吹き込み薄寒い。
「仕事での接点はない。尾行は失敗」
編集長は淡々と言う。「残された道は1つだけだ」
「はあ」
「惚れさせろ」
「はぁ!?」
奈理は思わず叫んだ。「なんですかいきなり!!」
「あとはもうそれしかない」
彼女はテーブルに乗り出して必死に訴える。
「御剣は思った以上にモテるんですよ! わたしなんかじゃ絶対無理です!」
こっちだって冗談じゃないし、それに、昨日カフェテリアで立ち聞きしてしまったようにそんな悠長な状況ではない。
「そうか?」
「わたしには笑顔も見せないし、いつもここにヒビみたいなシワを寄せてるし」
奈理は自分の眉間に人差し指を縦にして示した。
「堅物という噂だからな。まあ惚れさせるのが無理でも、女として近づくことはできるだろ? ちょっと深い関係になる程度で話が聞き出しやすくなる。不正経理や公費流用あたりのネタが‥‥‥」
「深い関係なんてイヤです! ああいうタイプは苦手なんですってば!」
「よけいに好都合だ。ミイラ取りがミイラになるのが一番困る」
「はあぁ〜っ」
奈理は思い切りため息をついた。こうなったら本当のことを言うしかない。
「正直に言います。惚れさせるどころか大いにイヤがられてます。近づくなんてできそうもありません」
彼女は背をぐったりと椅子に沈め説明を始めた。執務室での失敗の数々、立ち聞きした刑事との会話。新聞も運べない役立たずと言われたあたりでは、さすがに情けなくて少し声が震えてしまう。
しかし編集長は動じない。
「ヘマばかりだから役立たずと言われるんだ! 筋トレしろ筋トレ! 荷物運びは筋力だからな」
「筋トレ??」