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□Six Years Later
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奈理は正面から彼を見る。黒いベストがダブルになって、胸の厚みがさらに増した感じだ。貫録がついたというか。試着のとき彼女がそう言ったら、彼はちょっとだけ嫌そうな顔をしたっけ。
「私はキミを奈理と呼ぶ」脈絡なく、彼は言った。
「はあ」
彼女はとりえあず返事をした。
たしかに最近は呼び捨てが多くなった。でもそのほうがいい。そのほうが彼の気持ちがよくわかる。奈理は自分の名を呼ぶ彼の声が大好きだ。だいたいは優しく、ときに甘く。
「しかしキミは私を御剣検事と呼ぶ。そう呼ぶのは今やこの世の中でキミだけだ」
御剣は眼鏡のフレームを持ち、奥へとかけ直す。ガラスがきらりと光を反射し、一瞬目の表情が見えなくなる。
「‥‥‥」
奈理はしばらくじっと眼鏡の奥の彼の瞳を見つめる。そして口を開いた。
「御剣検事局長って呼んだほうがいいですか? 長いから御剣局長、かな」
彼は露骨にがっかりとした表情を浮かべた。
「肩書きのことを言っているのではない。私は検事でもあるし、間違ってはいない」
「はい‥‥‥」
「私がキミを奈理と呼ぶのは、家族だからだ」
「あ。はい」
「なのにキミは家でも仕事の肩書きで呼ぶ」
「そうか。そういうことですね。じゃあ、御剣‥‥さん? なんか言いにくいな。御剣さん」
「キミも御剣さんだろう?」
「まあそうですけど、仕事では次野のままだから、御剣さんって呼ばれることなんてめったにないし、御剣さんは御剣検事だけですよ。なんとなく」
「しかもその丁寧語。いつまでそうなのかね」
「だって‥‥‥」
「だってじゃない。今日をもって我が家で丁寧語と御剣検事という呼び名は全面的に禁止する。御剣さんもダメだ」
そう言って御剣は腕組みをした。袖の金ボタンが光を放つ。
「えー。じゃあなんて呼べばいいんですか? 御剣?」
「やめたまえ!‥‥あの男たちを思い出す」
「あの男たちって、あの2人?」
人付き合いの悪いこの人の、数少ない男友達のことだ。ときどきここへも遊びに来てくれる彼の幼馴染。成歩堂さんよりマシスくんのほうがよく来るかな。連れてくるカノジョがいつも違うのは気になるけど。
御剣は腕組みした人差し指をとんとんといつものように動かし始めた。そんなに早い動きではないからイラ立っているわけではなさそうだ。
「繰り返すが、私は奈理と呼んでいるのだぞ!?」
「あ。じゃあ、れ‥‥‥?」
「やっと思い当たったか」
「‥‥‥い‥‥‥」
「そうだ」
「呼びにくいですっ!」
「練習したまえ。慣れればなんということはない」
「わたし、結婚してから何年もずっと御剣検事って呼んできたんですよ?」
「言うほど長くない。まだ5年だ」
「でも‥‥‥」
彼の時間感覚が奈理はいまだによくわからない。5分も待てないときがあるのに、5年でもまだと言う。
「夫の名前も呼べない妻がどこにいる。丁寧語も忘れるな」
御剣はこれまでより少しきつい調子で言った。その態度に彼女も少しカチンと来る。
「すぐにはできないっ! もう、レイジのバカ!! あ、言えた」
「う‥‥」
御剣は眉間にシワを寄せ、なぜか頬でも打たれたかのように顔を背けている。