囚人検事・番外編

□十一月
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 鍋を囲んでいるのに、姉も弟もあまり会話が弾まない。ポンコだけが「野菜もっと入れる?」「おトウフ入れる?」とキッチンとテーブルを甲斐甲斐しく往復している。「トリダンゴもあるよ! おいしいよ! トリ!」と言ったときには、夕神とギンにきっと睨まれていた。

「夕神さんって‥‥鍋が好きなんですか?」

 会話の糸口をつかみたくて、粋子は聞いた。
「ぬぅ‥‥‥」
 湯気の向こうにいる夕神は、喉の奥から唸るような音を出すだけで、はっきり返事もしない。鍋の中身だけが、どんどん減っていく。
「なんでも食べるけど、今日は寒いから」彼の姉がかわりに答えた。

 刑務所での面会は、あれ以来拒否されなくなったし、差し入れも受け取ってもらえるようになった。短い時間だが、心が通じ合えたと思える日もある。だけど今夜は、なんだか機嫌が悪い。やっぱり姉弟二人の時間を邪魔してしまったからだろうか。粋子は気まずくなって、箸があまり進まない。

 食事が終わると、ポンコが片付けを始める。夕神も粋子も手伝おうとするが、かぐやにキッチンを追い払われた。
「アナタたちはいいわ。二人で仲良く話でもしてなさいよ」とリビングのソファを指す。
 その時、ポンコが、高い声を出した。
「ジン、どうしたの? 今、心臓がどくんってしたよ!」 
「う、うるせェ! このポンコツが」
「ポンコツじゃないよ! アタシの名前はポンコ!」 女の子のようなロボットは、顔を赤くして両手を振りまわす。「ジン、昔はすごくやさしかったのに!」

 あれこれ言い続けるポンコを無視して、夕神はソファにどっかと腰をおろした。足首をもう片方の膝に乗せ、手持ち無沙汰なようすでテレビをつける。 
 粋子は、夕神から少し離れた場所に座って、ぼうっと画面を眺めた。ギンはというと、お気に入りらしい止まり木で、のんびり毛づくろいをしている。

「おめえは、いつ帰るンだ」

 しばらくして、夕神がぼそりと言った。横顔を見せたままで、粋子とは目を合わせない。黒い瞳にはテレビの光が映って、何を思っているのかよくわからない。

「えっと‥‥あの‥‥」

「帰らないわよ」

 後ろからかぐやの声が降ってきた。振り返ると彼女は、ピンクのベルトを腰につけているところで、いつの間にか水色のゴーグルもかけていた。

「はァ?」
「彼女はここに泊まるの」
 さらにカウンターから、銃型の機械を取り上げた。さっき分解修理していたやつで、ロボット用のエネルギー注入器らしい。
「な、なに言ってやがる。しかもてめェ、どこ行く気だァ?」
「わたしは今夜、ロボット研究室で徹夜なワケよ」
 ロボット研究室は、居住室の下のフロアにある。粋子はさっき聞いていたことだが、夕神は殺気だった目で姉を睨みつける。

「何ィ? そんな話は初耳だぜ!」
「急にデータが必要になっちゃってさあ。大変なのよぉ。カガク者って」
 かぐやは目を細め、注入器を頬でスリスリとする。夕神はついにガバッと立ち上がった。
 粋子はそんな二人を交互に見上げた。長身の姉弟が向かい合う姿はかなりの迫力だ。

「んなもンは、そのデク人形にやらせりゃァいいだろうがァ!」

 女の子ロボットはまた両手ををぶんぶん振り回した。
「デク人形じゃないよ! アタシはポンコだよ! ポ・ン・コ!」
「身元引受人は彼女に代理をお願いしたわ。あの刑事が迎えに来たとき誰もいないと、怒られちゃうのよねえ。だから帰しちゃだめよ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待ちやがれ!」
「なぁにビビってんのよ。アンタたち何日も一つ屋根にいたんでしょーが」
「ぐッ‥‥」



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