囚人検事・番外編

□一月
2ページ/3ページ


「ぐぬぬ。これは、レア中のレア‥‥」
「えっ!」
「い、いったい、何がどうなっちまってンだい」
 夕神も面食らった様子で口を挟んだ。
「き、キミはこれをどこで入手したのだ!?」
 局長はテーブルに身を乗り出すと、キラキラしたものを粋子の眼前につきつけてくる。
「ひえっ!?」
「どこで手に入れたッ!」
「ごめんなさいッ!」
 彼女は、恐怖のあまり反射的に隣の男にしがみついた。

「この私が、3年に渡って奔走したにもかかわらず入手不能だった小江戸剣士ヒメサマンのスーパープレミアムレアカードがなぜこんなところに‥‥‥ぶつぶつぶつ」

「だ、ダンナ‥‥‥」
 夕神は自分にしがみつく粋子の背中を無意識にさすりつつ、上司に声をかけた。
「はっ。し、失敬した‥‥」
 局長はカードから顔をあげると、慎重な手つきでそれを粋子に戻す。
 彼女は、まだ少し怯えつつそれを受け取った。

「こ、これ、荷星三郎さんからもらったんです。緊急でうちの飛行機を使ったことがあって、大事なイベントに間に合ったとかで、そのお礼に‥‥‥」
「に、荷星さんから直接にだと‥‥‥ッ!」
 彼は、感極まったように片手でおでこを押さえる。それから眼鏡を取って、しばし目頭をつまんだ。

「あ、あの‥‥。よかったら差し上げますよ、これ」

「ムグォッ!? いやッ! そのように貴重なものをとんでもない。その。気にしないでくれたまえ。私としたことが、取り乱してすまなかった。何の話だったかな」
 そして、息を整えるかのように、胸のヒラヒラをなでる。
「これもらったんですけど私、ヒメサマンはあんまり‥‥。子供の頃からOTTOを集めてて」
「OTTOか! 待っていたまえ」

 局長はすっくと立ち上がると、赤い上着をひるがえし、いつになく早足でデスクに戻った。椅子に座ると、引き出しをガタガタと開閉している。

「おいおい。一体全体なんの話してンだ?」
 夕神は声を落として聞いた。
「トノサマンカードだよ! 夕神さんは集めてないの?」
「トノサマン‥‥‥遥か彼方のキオクに‥‥‥あるような気がするなァ」
 指であごを挟むと、夕神は遠い目をした。


 粋子と検事局長は、ヒメサメン・スーパープレミアムレアカードと、大江戸亭主トノサマン・OTTO・ウルトラレアカードを交換したあともペチャクチャとしゃべり続けた。トノサマンシリーズについて、カードについて、特撮について、そしてニボサブさんについてまでも。

「御剣の旦那、すごい! なんでも詳しいんですね!」
「おい粋子」
「わあっ。そんな裏情報まで、さすが旦那!」
「粋子ッ!」
「はい?」
 彼女が話を止めて隣を見ると、夕神が腕を組んでむすっとしている。
「なんですか?」

「おめえは、ダンナにそんな馴れ馴れしいクチきくモンじゃねェぞ。検事局長つったらなァ、本来ならおめえさんみてェなそこらの小娘じゃァ、顔も拝めねえ、雲の上の存在なンだ。だいたい、おめえがダンナ呼ばわりしてンじゃねえ」
「あ‥‥。ごめんなさい」
「夕神。そう気を使わんでもいい。私はダンナでもかまわん」
「ですがダンナ」
「むしろ、お前にいきなりそう呼ばれた時のほうが驚いたぞ」
「ふふふっ」
 粋子が思わず笑うと、夕神に横目で睨みつけられた。いつになく殺気立った表情で。


「御剣の旦那って、怖い人だと思ってたけど、全然違うね。あんなにトノサマンに詳しいなんて、びっくりしたあ」
 局長室を出て、廊下を歩きながら粋子は勢いづいて話す。年末から年明けにかけて、夕神と一緒に過ごす時間が増えるにつれて、彼への丁寧語はだんだんと減っていた。
「‥‥‥」
「どうして独身なのかなあ?」
「‥‥‥」
「すごくかっこいいのに。それで局長さんだよ? 絶対モテモテだよね」
「‥‥‥」
「ねぇ? 夕神さん」
「知るか!」

 エレベーターの中でも夕神はどことなくムッとしている。さっきより荒っぽく1階のボタンを押すと両手をパンツのポケットに入れた。彼女は、扉のほうを向いた男の後ろに並んだ。
 二人っきりのエレベーターが動き出す。
「粋子」
 背を向けたまま、夕神は呼ぶ。
「なに?」
「今夜、行くからな」
 少し怒ったような声だった。
 彼女はその広い背中を見上げ、小さく「はい」と返事をした。


 ◎ ◎ ◎


 その数日後、粋子は検事局のカフェテリアで夕神を待っていた。ここの隣の建物でとある講習を受けだのだが、予定より早く終わったので顔を見たくて立ち寄ったのだ。

「おめえ、今、御剣のダンナと何やってたンだ?」

 粋子のテーブルの向かいに、夕神はどすりと腰を落ち着ける。目は、ほんの少し前に席を立った、局長の後ろ姿を追っている。



次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ