本日もまた晴天なりにて

□おはようからおやすみまで
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世界の切り札、影のトップといわれた男竜崎エル―L・Lawliet、ドヌーブ、コイルなど数桁にも及ぶ名があるがここではこう呼称しておく―は味噌汁の匂いで目覚めた。うっすらと笑みを浮かべる―まさか自分が味噌汁で起きるとは。
身体を広げ布団の上に大の字になってみる。右手が置かれてる部分だけ湿っていた、丁度彼の頭より少し下が。

ぎしり、ぎしぎし。建ってからそれなりの年月が経ってそうな階段を降りていく。
匂いは一階からしてくる。まだこの家がよく分かっていないが、取り敢えずご飯を食べるためだ、この家の構図はここの家主だと思われる、彼女に聞けばいい。
ぎっ、ぎし、きりきりきりきり、ぎゅうぎゅう、
一階まであと二段のところで危ない音をたてた。片足をひっこめる。竜崎は嫌なリズムを奏でる一段を飛び越し一階に足をつけた。ふんわりと。


***


「あ、エルおはよう」
「おはようございます」
「そこに座って。もうできるから」
竜崎は足を折り畳み体育座りのように椅子に座った。

「「いただきます」」

ご飯、目玉焼き、味噌汁とごく普通の家庭に並ぶものばかりだった。今まで食事の殆どがスイーツであった彼にとって新鮮であった。
「あ…。何か食べられないものでもあった?」
「いえ、そういうわけでは…。なんかこういうの新鮮で」
「そっか、ならよかった」
「……。」
「……。」
「あっ、あのさ」
「ご飯食べ終わったら、エルの日用品買いに行かない?」
「そうですね。何も持ってきてませんから」
「あ、でもその前にさ」
「?」




***




「いやー残しておいてよかった」
「甚平しか残ってませんけど」
「全部駄目よりはましでしょ」
サヤは満足げに頷いた。 月島家はそんなに裕福ではない。家で出来るだけ買いに行くものを減らすため、彼女は今は亡き祖父の服を竜崎に合わせていた。結果は惨敗。 服に拘りを持たない竜崎だが、サヤはじじ臭いという理由に殆どを却下した。

「甚平は部屋着でいいよね」

「冬はどうしますか」

「……しょうがない。それは買うよ」

「では買うものは普段着と下着のみですね」
「うん、あとは揃ってるし」

「行きますか」

「……あ、うん」

サヤはじっと竜崎を見つめていた。彼は首を傾げる。

「どうしました」

「うん似合ってるなー、って」

「私も中々こういうの着ませんね」

「毎日ジーンズにそのシャツだしね」

「身の回りの管理はワタリに委せていました」

「……そう」

まただ、と竜崎は思った。サヤは視線を彼から床へと落とす。竜崎はその原因が分かったような気がしたが敢えて口にはださなかった。




***




「疲れた…」

サヤはため息が入り雑じった声を吐き出した。無地のシャツとジーンズばかり買おうとする竜崎を止め、パーカーを一着買うということで渋々妥協した。そして今に至る。

「疲れた時には甘いものが一番です。あ、丁度良いところにクレープ屋さんが―」

「エルが食べたいだけでしょ、まあ確かに少し何か口に入れたいわね」



「うん美味しい」

「今度はサヤの手作りがいいです」

「……気が向いたらね」

「……」

「……さ、帰るか」

竜崎は無言のまま暫く彼女を見つめ、そして頷いた。




***




PM11:30
満月が部屋の中を照らしていた、朝二人が寝ていた部屋を。二人は向かい合ったままだった。二人は無言だった。

突然サヤが口を開いた。

「……なに、どうしたの、早く寝ようよ」

「それは私の台詞です」

「……え、」

「まだ引き摺っているのか」

「だからなにを」

「貴女は私を道連れにしてしまったことを悔やんでいる。」

「………そうだよ、」

「貴女のせいではない」

「違う、違うよ。私のせい」

「違います」

「違わない」

「違う」

「私が」

「少し黙って」

昨日と同じように再び抱き締める。竜崎はサヤの頭をゆっくり撫でながら言う。

「昨日その話は終わりました」

「……エルが途中で止めたじゃない」

「貴女が私に早く元の世界に帰ってほしいなどとほざきそうだったので」

「………」

「今日だって」

「………ワタリさんと一緒にいたほうがいいよ」

「そうやって貴女はまた独りになりたがる」
「……私が貴方を殺せば、来世には普通の人に戻れる」

「貴女のことを忘れて」

「……そうだね」

「貴女は愚かだ」

「自分の感情を押し殺して、人の為になど」
「まあ、場合によっては正しいときもあるかもしれません、」

「が、」

「今回は不正解です」

「それで私が救われるとでも?」

「……」

「貴女がいない限り、私が救われる
なんてことは有り得ません」

「どれほどこの時を待ちわびたか」

「それなのにまた貴女を失うなんて。耐えられるわけないじゃないですか」

「ずっと一緒にいて欲しいんです、サヤ」

サヤの布団がまた濡れていく、朝よりもっと。

「泣き虫。そんなに泣いたら布団にカビがはえます、おいで」

竜崎はサヤを抱き締めながら、布団に転がる。

「もうそんなこと言わないでください。約束、出来ますか」

沈黙の後また視線を落としゆっくりとこくり、と頷いた。
竜崎はその反応に不満が残ったが取り敢えずはyesだったので、今は、妥協した。

「では、もう寝ましょう。おやすみなさい」
「……………、…おやすみ」



この頑固者。



end

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