本日もまた晴天なりにて

□平日の過ごし方は
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全くナナさんは人使いが荒い、と聞こえないようにぼやきながら指に貼る絆創膏を増量していた。
あの愛くるしい姿からは想像もつかないほどスパルタ指導で、竜崎は何度も絆創膏を買い足しにコンビニと家を往復しなければならなかった。もう少し優しくしてほしいが、この先出来ないと困る。だからそうも言ってられない。出来ない自分が悪い、そういうことは一切ワタリに委せていた。
自分の仕事に集中したかったから。
自分は“探偵L”だったから。
だが此処は、あの人は、“L”ではなく“エル”を必要としている。世界の名探偵ではなく、ただ、あの人のそばにいるだけの“竜崎エル”を。
それでもいい、と竜崎は思っている。あの人がそう望んでいるし、自分もこだわらないタイプだ。
楽しもうじゃないか、この生活を。もしかしたらあったかもしれない、もう一つの人生を。
皿洗いだけは楽しめないけど。

本日の特訓を終え、ソファーに全体重を委ね珍しくなにも考えてない頭で部屋の暗い隅を見る。
暇だ。サヤが帰ってくるまで八時間、辛い辛すぎる。時計を恨めしく睨んでみるがそれでサヤが帰ってくる訳でもなし。 早く休みがくるといいのに。夜まで会えないなんてやだ、走って帰ってきてください。

暇でどうしようもないので散歩に出掛けた。雲量は4か5で晴れ。 日が西に傾いていても、まだ空は青かった。青陽に行こうと思ったが時間帯が時間帯できっと話す余裕すらないだろう。それなりに人は来そうな処だから。
ベンチに座る。やることない。なんとなく周りを見回すと、赤、黒、赤、黒、中にはピンクや、この空と同じ青。退屈に毒された竜崎の目はあの赤黒軍団が何なのかさっぱり分からない。サバンナを駆けるシマウマの群れのごとく物凄いスピードで竜崎に迫っていた。

好奇心の塊がピッチングマシンのように次々と放たれる。赤と黒はランドセルだった。
「ねえねえお兄ちゃん見たことないね」
「お兄ちゃん新しい人?」
「この人、サヤ姉ちゃんと一緒に歩いてた」
「じゃあお兄ちゃんサヤ姉ちゃんの恋人?」
「えー嘘でしょー」
「ありえねー」
「サヤちゃん彼氏いない歴=年齢って私この前聞いたよー」
「お兄ちゃんパンダみたい」
サヤを知っているのか、あと私はパンダじゃない。
竜崎は子どもたちの質問に答えていく。ここの子どもたちもワイミーズハウスの子たちも同じ、自分の疑問を解消しようと積極的になる。
見ていて面白いし、子どもは嫌いじゃない。むしろ好きな方だ。ワイミーズハウスにだって年に四回ほど行った、自分がLだということは隠して。
子どもたちと打ち解けた後は一緒に遊んだ、 ハウス時代に教えてもらったモノや自作など。子どもたちが頭を抱えて悩み、閃く顔を見ると頬が緩む、特に自作は。


女の子のランドセルの色が赤みを増してきた。男の子の黒も赤を反射している。

「さあ、皆さん。そろそろ変える時間です」
子どもたちはまだまだ遊びたそうな顔をし、不満をこぼした。

「これ以上は親御さんが心配します、また遊びましょう」

最後に指切りげんまんをして帰した。

また明日ね。


***


ゆっくり歩いて時間を更に潰し、青陽の前に来た。今日の営業は終了したということを、店前の看板が報せている。

「こんばんは、そしてお疲れ様です」

彼女の目が丸くなる。

「あれ、どうしたのこんな時間に」

「迎えか」

竜崎は肯定の意で陽一に頷いた。

「大丈夫だって、心配しなくても」

「それもありますが、暇すぎて」

そっか、と言いながらゆるりと笑い、彼女の眉尻は下がりでもどこか少し嬉しそうな顔をした。

「ありがとう、じゃ帰ろっか」

手を繋ぐ。

「いいじゃないですか、握るくらい」

「そうだよ。私だってもう大人だし」

陽一しわの渓谷が深くなったり、浅くなったり。

浅くなった。

「まあ、いいだろう」

あの人の基準は何なんだろう、竜崎は思った。


「今日は何してたの」

「あなたの小さい友人たちと遊びました」

「おー、あの子たちと会ったんだー。いいなー」

サヤの顔は今まで見た中で一番輝いていた。

「では今度皆で遊びましょう」

「うん!」


「ここには慣れた?」

「少しずつ」

「よかった」

「サヤ」

「なあに」

「こういう生活もいいですね」

竜崎は繋がれた手を振りながら言った。

彼女も振り返す。

「でしょ」

少し欠けた月の下で顔を見合わせて笑った。
「サヤ」

「んー?」

ニヤリ、意地悪そうに笑う。

「家まで競走です」

「え?」

「よーいどん」

「え!?」

サヤ、走って帰りますよ。


end

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