果てしない脱線鉄道

□失恋
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「今日泊めてくれ。飯はいらない構わなくていいから」

突然やって来てそういうと、コナンは部屋にとじ込もってしまった。
何年も一緒に過ごして、何度か事務所に居づらかったり何か考えることがあるとこういうこともあったので、哀と博士は顔を見合せ肩を竦めて笑った。
あれから結構な年月が経っていた。
未だに仮の姿のまま生活をしている。
組織は幾度かの対決や、一部解体するものの複雑に絡んだ裏表の事情によって中々上手くはいってない。
解毒剤も未完成のまま今日だって哀は研究をしていたところだ。

既に年月は流れている。
言葉には出さないがもう元の生活に戻ることはないとコナンは決めているだろう。
数年前、蘭にフラれても尚、事務所で生活をしているけれど。

「ふああ」

哀は研究に没頭し気がつくと結構な時間になっていた。
明日も学校があるし、今日はここまでにしようと凝り固まった体を思いきり伸ばした。
何か飲もうとキッチンへ行き、ふと思い出した彼の事。
流石に何も口にしていないのが気にかかり、少し様子を見ようと部屋に向かった。

「工藤くん?」

部屋は空だった。
哀は少し考えて階段をのぼった。
扉を開けるとやはりそこにコナンがいた。
暗闇の中で膝を抱えて座っている。

「ずっとここにいたの? 風邪引くわよ」

「蘭が、結婚するんだってさ」

「…え?」

夜の屋上は暗いのに、哀はもっと闇の中に落とされたような気分になった。
耳にしたことが信じられなくて、キーンとするような頭を殴られたようなきがした。
後ろでドアがバタンと閉まって、室内から差していた明かりがフッと消えた。

コナンに何かあったのだろうとは、哀も博士だって気づいていたはずだ。
だけど、聞いてもきっと答えない。
聞いて欲しかったら自分から言うだろうと解っていたので、二人は何も聞かなかった。
まだまだ見た目は未成年でも、中身は違う。
子供ではないのだ。

「…ど、して」

「今日さ、結婚相手の男連れて報告に来たんだ。すっげー普通の冴えないヤツ」

暗く低い声でコナンは笑う。
どんな表情をしているかは見なくても解った。

「…」

「それで、蘭だけ引っ張ってもう少し待ってほしい。高校卒業したら俺と結婚してほしいって言ったんだ。でも即答でフラれちまった。
コナンくんをそんな風には見られないってさ」

コナンはやはり蘭を諦めていなかった。
数年前、高校を卒業して視野が広くなった彼女は新一をもう待てないと彼をフッたのだ。
失恋した時それでも足掻いたみたいだが、蘭の気持ちは変わらなかった。
その時のコナンも阿笠の家にやってきて1人部屋に閉じ籠った。
何も聞けなかったし、何も言いたくなかったようでフラれたの一言のみしか聞いてない。
小五郎や工藤夫妻など親い人の話の欠片程度しか知らないのであのときのコナン…新一の葛藤や苦しみは未だに解らない。
組織はまだ存在していて、明るい日常にいる蘭に全てを話すことは出来なかった。
そのあとコナンは1人になった小五郎が可哀想だろと事務所で生活をしていた。
蘭は就職と共に家を出て、たまに帰ってきては家を片付けたり家事をしていたらしい。

新一を吹っ切った彼女はその容姿や性格ですぐに新しい彼氏が出来た。
それでもそんなに長くは続かず、幾人かとくっついては別れを繰り返していた。
コナンからの又聞きで詳しいことは解らない。
しかしその話題を話すたびに、コナンに潜んだ薄暗い何かが哀をいつも苦しめていた。
きっと親友である大阪の探偵にだって本音を一切言っていないだろう。
自分ではなくていい。誰かにコナンに溜まったものを吐き出してほしいと思いながらも、怖くて、怖くて何も言えなかった。
ずっとただ見てるだけ。
それがここ数年の哀だった。

「俺、新一でもコナンでも2度蘭にフラれちまった」

「…ご、めんなさ」

震える声は小さくて彼の耳に届いたかさえ解らない。
足に力が入らず地面に座り込んだ。
全ては、哀の責任なのだ。
哀が、かつてのシェリーが作ったあの忌まわしい薬のせいで、工藤新一が苦しみ辛い思いをしている。
初恋で彼が一番大事な彼女と引き裂かれ、別々の道を歩まなければいけない。
そうさせたのは自分だった。

どれだけ工藤新一が毛利蘭の事を想っていたかは、誰よりも解っていたはずだった。
しかし、哀は引き裂くだけ引き裂いて何もしてこなかった。
何も出来なかった。
彼女は結婚するのだ。
工藤新一ではない誰か知らない男と幸せになるのだ。

「…」

コナンは涙を流したことがない。おそらく今も泣いてはいない。
心が泣いていたとしても、涙は流していないはずだ。
だから、自分は泣いてはいけないと哀は思う。
本人が泣いていないのに、他人の自分が泣いてどうするというのだろう。
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