果てしない脱線鉄道

□すごいぜ歩美ちゃん!
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湖を中心に人々が集まる花火大会。
最寄りの駅に電車が着く毎に人の波が押し寄せて、周辺道路も永遠と続くかの様に車が列をなして混雑を極めている。
人の頭頭頭。
その中に、頭がひとつ飛び抜けた長身の男がいた。
真夏の格好にしては全身黒で揃えて帽子を被り暑苦しい格好をしている。
何よりもその男の目付きといったら、睨まれたら凍ってしまいそうなほど鋭く重い。
お祭り騒ぎの浮かれた人々が集う中、淡々と歩いている。
間違ってその男とぶつかり、目を合わせた不幸な幾人かはすぐに目を反らして避けるように離れていった。
男も普段よりもイライラとして機嫌が悪かった。この人混みのせいである。
あの方からの直接な命でなければ、好き好んでここには来ないだろう。
ターゲットと接触するはずが、予定が狂ってしまった。
一緒にここに来たコンビの男はターゲットを追いかけるために車を取りに行った。しかしこの混雑ぶりである。
車で迎えにきて貰うどころか駐車場からもいつ出られるのか解らない状態だ。
何度めかの舌打ちをしながら、歩く速度は緩めなかった。
今日中に接触すればいい。
駐車場は男のいる場所から湖沿いをぐるりと迂回しないと着かないのだ。
兎に角このうっとおしい人混みから一刻も早く抜け出たかった。
その長身の男にはもう1つ特徴があった。

「わぁ〜お髪きれい〜」

雑踏の中によく響く幼い声が男の背中にかかった。
少し振り向くと、真後ろのだいぶ目線の下に小さな女の子が立って男を見ていた。

「どのくらい長く伸ばしてますか?」

目が合うと無邪気な笑顔で質問をしてきた。
肩で揃えた黒髪には少女らしいカチューシャが飾られている。
真ん丸な瞳は透き通って何にも染まらない純真無垢な色をしていた。

「…」

男は無視をしようと首を元の方向へ戻した。

「あ! ちがうの! おじさん!」

女の子はハッとして慌てて人を避けながら男の側に駆けてくる。

(おじさん…)

何故寄ってくるのか解らないが、関わるのは面倒だと男は思った。

「ここはどこですか? おじさん背が高いから周りの景色解ると思って」

迷子なのだろうか。
こんな人が多ければ、ガキの一人や二人迷子になるのは当然だろう。
しかし、男にはまるで関係ない話だ。

「お友達とはぐれちゃったの。バッジも無くしちゃったし…うっ…えっぐ」

大きな丸い目が急に潤んで少女は泣き声になっていく。

「全然解らないの…うえっ…ええん」

少女は本格的に泣き出した。
男は益々、早くここから逃げようと思い、少女から目を反らして歩こうとした。

「まあ、虐待かしら」

「泣いてる子供置いていこうとしてるわよ」

「こんな場所で置き去りにするなんて酷いわ」

「あのお父さん怖そうね」

ヒソヒソと声が聞こえる。
気がつくとそこはトイレ待ちの行列で沢山の女性が並んでいた。
暇をもて余している彼女等は、泣いている少女と男に注目していたのだ。
両側からすれ違う人々もなんだなんだと振り返りながら男と少女を見ていく。

「…なっ…」

なんという面倒がやってきたのだろう。
この周辺の人々は男と少女を親子だと思っている。

「見せもんじゃねーよ!」

ドスの聞いた声で思わず周りを威嚇すると、目線を反らして知らん顔をする無責任な群衆がそこにあった。
こんなことで目立つなんて本意ではない。
気がつくと少女はいつの間にか男の袖を握って見上げていた。

「親と待ち合わせする場所は決めてないのか?」

「ううん。お友達と来たの」

そんなのはどうでもいい。待ち合わせ場所を決めたかどうか聞いているのだ。

「あ、えっとね。駅からの道の入口にいきたいの。おみやげやさんがあるところ。そこだったら誰か気づいてくれるかもしれない」

少女は幼い声で必死に伝えようとしているが、男は早く保護者か友達か知らないがこの迷子を引き渡したいと考えていた。
ちょうど少女の言うおみやげやさんは男が向かう方向にある。

「いくぞ」

男は短く言うと歩き出した。

*

「見つかったか?」

バッジからコナンの声がした。

「いいえ。こんなに人がいてこの身長だと見渡せなくて更に効率が悪いわね」

哀は溜息をついて大人の足ばかりに囲まれた周囲を見る。
何処か高いところに上って見下ろしたほうが良いだろうか。
しかしそんな場所さえ探せない。

「灰原はそのままその周辺を見ててくれ。俺はもう少し東に範囲を広げる」

「解ったわ」

小さな体ではこんな混雑したところで、人ひとり見つけるのは不可能に近いのかもしれない。
憤りを抑えながら大人達の壁に目を凝らす。

「吉田さん一体どこに…」

それはふと人が途切れた隙間に見えたものだった。
よく見慣れた後ろ姿が目線と同じ高さにあった。

「吉…!!」
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