果てしない脱線鉄道
□すごいぜ歩美ちゃん!
2ページ/3ページ
安堵して嬉しくなって大声をあげて探していた彼女の名前を呼ぼうとした声が途中で止まった。
哀は凍りついた。
信じられない光景が目の前に飛び込んできた。
「嘘っ!」
*
「待って!」
足早に歩いていく男を少女が必死で追う。
男と少女では歩くコンパスが違う。
このままはぐれてしまっても都合がいいのかもしれないと男がそう思ったとき、手のひらにぬくもりを感じた。
「こうしたらはぐれないね」
少女は無垢な笑顔で男を見上げた。
*
哀から連絡が来た時、ただならない彼女の状態に何が起きたのかとコナンは大慌てで哀の元に向かった。
真っ青な顔で震えている哀を見つけて駆けつける。
「どうした? 灰…」
哀が素早くコナンの口を塞いだ。
汗で濃くなった彼女から漂う石鹸の香りがする。
一瞬ぼーっとしたが、それどころじゃない。
「何があったんだ?」
口を塞がれながら、近くに寄った顔にコナンは聞く。
哀の顔は強ばったまま真っ青でやはりただならぬ何かが起きているとコナンは悟った。
哀の腕を取ろうとしたその瞬間、コナンも絶句して凍りついてしまった。
「嘘だろ…」
呟くようなささやかな声を出したコナンの目の前には宿敵であるジンがいる。
そしてそのジンの手を繋いでいるのが、今日ここへ一緒に遊びにきた同級生の歩美であった。
コナンと哀はその歩美を探していたのだ。
*
「あ!」
少女の目の前でもっと小さな子供が転んだ。
少女はパッと男の手を離してその子供に駆け寄る。
そしてその子供を起こして汚れを払った。
子供の母親らしき人が少女に頭を下げている。
少女は笑って子供と母親にバイバイをした。
少女は男の方に戻って来ようと振り向いたが、そこに運が悪く地元の柄の悪い若者にぶつかってしまった。
持っていた食べ物が落ちて若者が少女に絡もうとした。
そこに男は割って入る。
「なんだ?」
全身黒の服。真夏なのに長袖で、帽子を被った鋭い目付きの長身の男に鋭い目で睨まれた若者。
一気に青くなって、愛想笑いを浮かべると逃げるように去っていった。
「いくぞ」
「うん!」
男の目的は変わっていないが、少女からまた手を繋がれても何も言わなかったし、心なしか歩く速度が緩くなっていた。
*
「なんでこうなった?」
「知らないわよそんなこと」
「俺達悪い夢でも見てるのかな」
「夢なら覚めてほしいわね」
二人は死角に隠れながら、ジンと歩美を見張っている。
あまり近づくと気づかれてしまいそうでどうしても遠くなる。
幸い長身が目印になって見失うことはなさそうだ。
人混みの合間から見える歩美は楽しそうに男を見上げて何か話している。
「哀ちゃんは美人で頭よくて」
(アイちゃんね)
いくつかのお友達の名前が出て来て、数人で花火大会に来たことが解る。
男にはまるで関係ない話だが。
男は聞いてるのか聞いてないのか解らない表情で前を見て歩き続ける。
そろそろおみやげやさんの近くにやって来た。すると
「歩美ちゃん!」
「歩美!!」
ヒョロヒョロしたガキと体のデカイハゲ坊主が少女の所にやって来た。
「光彦くん元太くん」
「やっと見つけましたよ」
「心配したんだからなー!」
「ごめんなさい。コナンくんと哀ちゃんは?」
「まだ探してますよ」
「ごめんねー」
少女達は再会の喜びに溢れていた。
男は見下ろすように見ていたが、そっと少女の手を離して去ろうとする。
「もう迷子になるんじゃねーぞ」
何も言うつもりはなかったのに余計な事を言ってしまい後悔した。
「あ! おじさんありがとう!!」
もう何度も見た無邪気な笑顔だ。
男が忘れていたその笑顔をもつ者は、男の生きる世界には存在しない。
電話が鳴った。
「まだ駐車場についてない。もう少し待て」
駐車場からは出られたらしく渋滞ながらも道に出たと相手が言うので、男は道沿いを歩くように進路を少し変えた。
*
「待ちなさい!」
「離せよいっちまうだろ」
「追いかけるのは危険よ。やめなさい」
「んなこと言ったってこれはチャンスだろ」
「よく考えなさい。彼一人なはずないでしょ。仲間が近くにいるはずよ。そんなところにノコノコ貴方が近づいたら一発でバレてしまうわ」
二人が言い合いをしていると、甲高くよく通る声がかかった。
「コナンくん! 灰原さん!」
名前を呼ばれて、コナンと哀はビクリと肩をあげて固まった。
背中に氷を入れられたようだ。
おそるおそるジンのいる方角を二人で見る。
ジンは電話をしている。
今振り向かれたら良くない状況が待っていることだろう。
さりげなく哀を守るようにジンから隠すが、全くきづいてないのか足早に歩き出した。
遠くなってく後ろ姿にコナンは唇を噛んだ。