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□さよなら、ズルイ人
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大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出す。閉じていた目を開け、彼を見つめる。
「別れてほしいの」
思わず上ずり、情けなく震える声。言いたくないけど言わなければいけない言葉。彼、クロロは目を丸くする。
「……何で?」
少し悲しそうに見つめ返される。私はすぐに目を逸らした。
「もう無理だから」
「何が無理?」
「……」
優しく問いかけるクロロがやっぱり好き。ここで嘘だよと言えば、この別れ話は無かったことになり今まで通りの日々を送れる。でも、もう無理だ。
「……クロロは嘘つきだから」
「嘘なんかついてない」
「そうだったね、嘘はついてないね。でも本当のことも言ってない。そうでしょ?」
今度は彼が黙る番だった。ほら、当たってる。答えたくない質問はいつも上手くかわしてるけど、私が気づいていないと思ったの?
「そうだね、言ってないこともある。でも恋人だからって何もかも話さなきゃいけないのかな」
「そうとは言ってない」
「それって矛盾してるよ」
彼は頭がいい。こうした口論に、私は一度も勝ったことがない。
「でもナマエがそう言うなら仕方ないね」
「……え」
「いいよ、別れよう。その方がいいんだろ?」
にこ、と微笑むクロロ。……なんてズルイ人。私にも彼にもきちんと逃げ道を作っている。
「……うん……」
「そっか。今までありがとう」
ポンポン、と頭を撫でられる。視界が歪む。顔をあげられない。彼は私が泣いていることに気づいただろう、しかし背を向けた。
私も背を向け、彼と逆方向に歩きだす。無意識に流れる涙が止まらない。
自分で決め、自分で言った。なのに拭いきれないモヤモヤ。今すぐ振り返って来た道を戻って彼にすがり付きたい。
「っう……」
この気持ちもいつか消えるのだろうか。新たなパートナーが隣で微笑む日が来るのだろうか。今は全く想像できない。いつかそうなるといいなあと思うだけ。
「……クロロ」
穏やかな風が髪を遊ぶ。二度と返事はこないんだな、なんて考えているとまた溢れだす涙。
化粧が崩れるのを気にして、涙を拭けない。グッとこらえて上を向く。視界がボヤけ、水の中で目を開けているみたいだ。
少し収まり、また前を向く。一瞬迷い、後ろを振り返る。当たり前だが彼は居なかった。
平常時の瞳に戻り、力強く一歩を踏み出す。世の中半分は異性なのだ、次がある、と自分に言い聞かせながら歩いていく。
さよなら、ズルイ人
(貴方からの最後のプレゼント)
(この逃げ道は無駄にしない)