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□蝶すら憎い
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ナマエには大切な人が居る。蜘蛛だ。家族の居ない彼女にとって、彼らは家族以上に大切な存在だ。
ナマエには好きな人が居る。クラピカだ。深い闇を持つ彼の瞳は美しく、弱いとも強いとも言えない力に妙に惹かれる。
「私の家族同然の人、みんないい人でしょ?」
「そうだな。だからナマエも綺麗に育ったのだろうな」
「エヘヘ。でも驚くと思うなぁクラピカくんは。だって私の大事な人達は、本当は悪い人なんだもん」
「そんなことないだろう」
「そんなことあるんだよ。……今日はクラピカくんにお願いがあるんだ」
「何だ?」
笑顔を俯け、黙りこむナマエ。言うべきか、言わないべきか。言ってしまえば、もうこの状態には戻れない。
何か大事なことを言おうとしているのか。クラピカは察し、急かすことをせずただ待ち続けた。
「……復讐を、やめてほしい」
「……」
「わかってる! クラピカくんが生半可な気持ちじゃないことは、わかってる。でも私は、皆が傷つけ合う所を見たくない」
「君は君の大切な人達が殺されて、黙っていられるか? 赤の他人にそんな忠告をされて、素直に受け取るか?」
「そ、れは……」
「所詮他人事だから言えることだ」
「他人事じゃないっ」
「これ以上言わせないでくれ」
「でも、私は蜘蛛のみんなを大切に思ってるんだよ」
クラピカは目を見開く。耳を疑う。聞き間違いであってほしい。
彼の目が赤く染まるのを認めたナマエは、重い口を開く。
「今、毎日蜘蛛と一緒に過ごしてる」
「……何故だ」
「え」
「何故、私を殺さない?」
「……どっちも、大切だから」
理解に苦しむ。ナマエにとっては大事な人に恨みを持つ自分も大切に思うなんて、どうかしている。
「ごめんね、でも、好きだから……」
「私は……ナマエが憎いよ」
「……そっか」
「大切な者を失う気持ちを味わせてやりたい」
「私を、殺す?」
殺したい。
失いたくない。
相反する気持ち。
何でも話し合える仲間であり、憎い敵の味方でもある。自分はどうしたらいいのだろう。
ナマエは苦笑いをする。クラピカもかなり悩んでいるのだろう。
殺されても文句は言わない。もしも大切な人達が傷つけ合うのなら、見る前に殺してほしいとさえ思う。
「今は、顔を見たくない。失礼する」
クラピカはナマエと視線を合わすことなくその場を離れた。
動悸はおさまらない。
蝶すら憎い
(蜘蛛に囚われし哀れな蝶でも)
(もはや蜘蛛の一部のそれに)
(激しい頭痛と吐き気がした)