頂き物部屋

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職業体験。
中学生がいろんな仕事を体験する総合の行事だ。はっきり言うと、めんどくさい行事だと俺は思う。どうせは自分の行きたいところなんて行けないし、まず行くところないし…
まあ、結局行かなければならない。行きたい場所の紙を配られる。特に行きたい場所はなかった。

「なんかもう…警察署でいっか」

諦めの言葉だった。警察ってなんかかっこいいし、見るだけならなんでもいいや。そんなことを思いながら紙を提出する。
もう、どうにでもなれ!


職業体験の日がやってきた。警察署に行くのはほとんど女子だった。女子だらけだった。唯一いた男子はあまり話したことのない、沖田君だった。

「ああ、これはこれは、坂田君」
「沖田君。お前、警察になりたいの?」
「まあ、そんな感じでさあ」
「ふーん。でも、驚いた。警察が気になる女子っていっぱいいるんだな」
「そういうわけじゃなさそうですぜ」
「え?」
「ほら、あそこ」

相変わらず変な口調の沖田が指差したのは、警察官だった。後ろ姿でよくわからなかったが、黒髪の普通の警察官だと思う。

「あの警察官がどうした?」
「あの警察官、町中の人気者なんでさあ。知りやせん?」
「知らない。あっ」

先生がその警察官に声をかけた。警察官がこちらへ振り向く。女子はきゃあっと声をあげる。
…イケメンってことか。
確信した。女子がこんなに集まっている理由がわかる。男子には憎まれそうなほどの美形だ。

「あの人が人気者なの?」
「そう。顔だけはいいでしょう?」
「顔だけはって…沖田君、あの人のことしってんの?」
「…まあ」
「え?しってんの?マジか」

先生が銀時達を呼ぶ声が聞こえた。ふと警察官と目があう。
かっこいいなあ。そう思った。じっと警察官を見つめてみる。警察官も表情変えずにこちらを見る。

「…何見つめあってんですかい、坂田君」
「ああ、ごめん」
「気になりましたか?あいつのこと」
「え?いや、綺麗な顔だなあ、と思って」
「…へえ。そうなんだ」

ニヤリと笑う沖田君はなんか怖かった。

「初めまして。土方と言います。来ていただいてありがとうございます。今日はいろいろ知ってもらいたいと思います」

丁寧にそう言った。拍手を送る。土方、と名乗る警察官は声もかっこよかった。声が低く、囁かれたらはわわーみたいな。そんな感じだ。

「なんか、完璧な人だな。土方さんって人」
「完璧?そうですかあ?」
「女子なんかうっとりしてるし。かっこいいし」
「見た目はよくても、中身って大事だぜ」
「…沖田君はあの人の何を知ってるの?」
「まあ、いろいろでさあ」
「はあ…」

一体何を知ってるいるのかはわからないが、まあ、気にしないでおこう。さっさと警察のことでも語ってほしい。
「ええと、では…」と土方さんが話始める。全く興味のない警察の話はどうでもよかったが、それを話す土方さんを気にかけた。低い大人しめなその声は、自身を落ち着かせる。たまに土方さんと目があって、引き込まれるように見つめてしまう。土方さんは目を合わせても、すぐ目を反らしてしまう。それがなんだか悲しい。何故悲しいのか。そんなことをまず気にとめることはなかった。暫くすれば話は終わり、次は違う警察官から話を聞くと先生は行った。部屋の奥からドアが開き、40代くらいの警察官がこちらへ、と案内する。土方さんの役目は終わりらしい。女子は残念そうに先生と警察官についていく。沖田君も行ってしまった。慌て自分も行こうとした。横で土方さんが息をつく。
なんとなく「お疲れ様です」と言ってみた。すると土方さんは「ありがとう」と笑みを溢した。
惚けてしまった。その笑みがあまりにも綺麗で目を奪われる。ふと、こんな言葉を漏らしてしまった。

「土方さんにだったら、逮捕されてもいいかも…」

そう言って、はっと我に返った。
何を言ってるんだ、俺は!
気が動転して何も考えられなくなる。
ああ、どうすれば…!
土方さんは目を見開いてこちらを見ている。だって、逮捕されてもいいかもなんて問題発言をしてしまったのだから。気付けば、カツンと靴の音を立てて土方さんは近付いてきた。怒られるか?引かれるか?ぎゅっと目を閉じた。

カシャン。

その音と同時に手が少し重くなる。
一体、何があったのだろうか?
恐る恐る目を開けてみる。手首に銀色の輪っかがついていた。

「手錠…?」

一瞬、何が起きたか全くわからなくなった。
何故、手錠が?
謎のまま、土方さんを見た。土方さんは自分を見る俺の手首を見て驚いた。

「あっ…悪い、いや、あのっ違うんだ」
「えっと…え?」
「体が、勝手に動いてっいつの間にか手錠つけててっ」

土方さんは相当焦っていた。さっきのしっかりしている態度とは大違いだ。くすっと笑ってしまう。

「その…悪かった」
「いや、こっちこそすみません。俺が変なこと言ったから」
「そんなことない。これは、俺の理性が…いや、なんでもない…」
「ふふっ、おもしろいね、土方さんって」
「え、そうか?そんなこと言われたことない…」
「えっそうなの?さっきはあんなに冷静だったのに、今はこんなに焦ってるから。おもしろいと思うけどな。あれか、ギャップ萌えみたいなあれか?」
「ギャッ…?俺に萌える要素なんてないと思うが。むしろ、お前のほうが…いや、なんでもない」
「あっ、萌えじゃなくて、かっこいいとかそんな感じ?土方さん、めっちゃかっこいいから」

そう言うとまた驚いて、ぎこちなく「ありがとう」と言った。これはこれで萌えなのかもしれない。

「そういうお前は綺麗だよな」

土方さんは俺の頭を撫でた。

「髪色も、瞳も、綺麗だな。髪ふわふわ」
「ちょ、あんまり撫でないでくださいよ。余計天パになる。それに、もう子供じゃないんだから」
「まだ中学生だろう?」
「むぅ、もう中学生だもん」

むすっと拗ねてしまった。だって、子供扱いするんだもん。中学生はデリケートなんだから!

「…可愛いな」

「え?」
「…あ、え?」

二人の間に沈黙ができる。
え、え、え、可愛い?嘘、マジかよ。
男が男に言われてあまり嬉しくない発言だというのに、心臓がばくばくいってる。
ナニコレ、嬉しいの、俺!?
頭の中がぐちゃぐちゃになる。どうしよう。

「あ、あの、土方さん…」
「おっ、おう、なんだ」
「今めちゃくちゃ恥ずかしいです…」
「う、えと、悪かった」
「いや、あの…う、嬉しかったです」
「え!?」
「よくわかんないけど、嬉しかった、です」
「そ、そそそうか」

二人してぎこちなく、落ち着かないままの会話だった。
どうしよう。本当にどうしよう。


「…土方さん」
「な、んだ」
「どうしよう、俺」
「え?」
「土方さんのこと、好きになっちゃった、かも」

恐らく真っ赤になっているであろうその顔を土方さんに向ける。

「そう、か」

土方さんも少し赤くなる。

「…中学生に対して、こんなこと言うのめちゃくちゃ恥ずかしいんだが、その、一目惚れだった」
「え?」

一目惚れだった。確かに土方さんはそう言った。心拍数がさらにあがっていく。

「ここに入ってくるとき、目立つ銀色が見えて、一瞬で落とされたよ。隣にあいつがいて、驚いたけど」
「沖田君と、知り合いなん、でしょ」
「ああ。まあな。話してるときとか、つい、お前に目がいって、目があったときは嬉しかった」
「そうなの?」
「ずっと見ていたかったけど、それだと怪しまれるから。すぐに目を反らしてた」
「…俺も土方さんのこと、見てた」
「…そうか。なあ、1つ聞いていいか」
「何?」
「名前。教えてくれないか」



「坂田君、今までどこに行ってたんです?」
「えっと、ちょっとトイレに」
「嘘つき。土方のところだろ」

戻ってきて言い訳を言ったがバレバレだったらしい。
あの後、自分の名前を教えた。「そのまんまだな」と土方さんは笑った。そして俺はまたドキドキしていた。

「あ、手錠…」
「あ、悪い…つけっぱなしだったな。今外す」

手錠に手をかける。なかなか外してくれない。

「土方さん?」
「えっ、いや、悪い…」

名残惜しそうに手錠を外す。手が軽くなった。


「ねえ、また、来ていい?」
「もちろん」
「じゃあ、行く、ね」
「あ、待って」
「え?」

ぐいっと引っ張られて、唇を重ねられた。重ねられた唇は熱くて、柔らかくて初めての感触だった。つまり、初ちゅーを奪われてしまったということだ。
恥ずかしさのあまり、後退りをする。後ろにあった机に頭をぶつけてうずくまる。


「痛い…」
「動揺してるな…可愛い、銀時」
「うるさい、ばか。急にちゅーなんて、早すぎ」
「これでも、ずっと我慢していたんだが…」
「えっ!?ずっとちゅーしたかったの?」

「なんというか、押し倒し…」といいかける土方さんを一発殴ってみる。

「ばかっ、へ、変態だ。これでも健全な中学生なんだよ!最初のイメージと全然違うんだな。沖田君の言うことがわかった」
「総悟のやつ、余計なことを…嫌いになったか?」
「っ、すっ好きっだけど、ダメ。そーいうのはダメ!」
「そーいうのって…何?」
「そーいうのは…え、えろいこと…」
「ぶっ」
「わ、笑うなあ!」

そんなやり取りをして、みんなのもとへ帰ってきたのだった。土方さんの豹変ぶりには、驚いた。そっと自分の唇に指を押し当ててみる。まだ、少し熱が残っている。心臓はまだドキドキ言っていてなかなか止まらない。今思うと、自分が告白したんだと、赤面した。我ながら、恥ずかしいことをした。
…また会いたい。

俺は、そんなことを考えながら、みんなについていった。


そんな、俺の初めての職業体験の出来事。

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