番外編

□若い友情
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僕と夕霧が出会ったのは、暑い夏の日だった。




「あの、これ忘れてますよ。」




お気に入りの神社で本を読んだ後、帰ろうと歩き始めると、そう呼び止められた。




振り返ると見覚えのある女子が本を差し出して微笑んでいた。


数日前に村塾にやってきた女子だ。




女の塾生なんて珍しいと驚いた記憶がある。






「……すまない。」


礼を言って本を受け取ると、そのまま足早に立ち去ろうとした。









「源氏物語ですか。」



女がそう言ったのを聞いて足が止まった。




――…馬鹿にされる、そう思った。




源氏物語は下品な小説だから読んではならない、と松陰先生からも教えられていた。



それに、男が恋愛小説を読むなど恥ずかしいと父上にも叱られた。



だからこの場所に本を隠してここでだけ読む様にしていたが、この女子に見つけられてしまったようだ。




「……笑うなら笑え。」



だが返ってきたのは、予想と違った答えだった。




「どうして笑ったりするんですか?私もこの話好きなのに。」






驚いて、思わず目を丸くした。



「男の僕が恋愛小説など、恥ずかしいと思わんのか…?」





「そんな事思いません、良い本を読みたいと思う気持ちに男も女もありませんから。」







そう言って笑ってみせる女ともっと話したくなって、帰ろうとしていたのを引き返して石畳に腰を下ろした。




女も隣に座る。




「僕は入江九一じゃ。」



「私は和泉夕霧といいます。」





それからずっと、夕霧と日が暮れるまで源氏物語について感想や意見を語り合った。


























「――…もうこんな暗くなってる!」




そう言われて空を仰ぐとなるほど、すっかり暗くなっていた。





少し話すのに夢中になりすぎたらしい。




「私、帰りますね。父に叱られてしまうので。」



そう言って立ち上がった夕霧に自分も立ち上がる。




「暗くなると危ない、家まで送ろう。」



「ありがとうございます。でも、すぐ近くなので大丈夫です。」




また話しましょうね――、そう言って走って行く夕霧の姿を見送る。







「また話そう、か……。」



夕霧の言葉を復唱してみる。


何気ないやり取りだったが、次があるかと思うと嬉しかった。
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