Original 【short】

□A winter day
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今日、初雪が降った。
沢山の歓声の中、私は一人歩く。雪ごときではしゃぐなんて、子供っぽい。そう思いながら、足を速める。
背中のリュックには、返ってきた模試。もう、捨てたい。受験生なんて、本当にめんどくさい。

私は公園に立ち寄った。
ジャングルジムの頂上は、私の定位置。丁度いすみたいになっているところに座る。
落ち着いて、溜め息をついた、その時。

「あれ?先客さん?」

ふと声がした。
びっくりして、下をみる。そしたら、1人の女の子が見えた。どうやら、声の主らしい。女の子はそのままずんずん上がってくると、私の隣に座った。

「・・・君、だれ?」
「え?あ、私?私は宮崎莉香」

女の子が訊いたので、私は答える。

「それで・・・あんたは?」
「僕?僕はねえ、セツナ。あ、刹那じゃなくて、雪那。雪の精だから」
「はあ?」

私は思わず訊き返した。だって、目の前の子はどう見たって女の子だし、雪の精だなんて名乗る子、初めてだし。

「雪の精って・・・どういうことよ」
「もしかして、僕を疑ってる?本当なんだよ!?冬の間しかいられないーー」
「もういい。子供っぽすぎ」

あきれて、溜め息をつく。この子、一体幾つなんだろ?

「あんた、年は?」
「ん・・・15、だけど」
「同い年か・・・大人気ない」

というか、同い年なんて信じたくない。15歳って、こんなのなわけ?

「そう?僕はそうやって、大人気ないとか言ってこだわるほうが大人気ないと思うけど。だって大人は、そんなこと言わないもん」

カチン、ときた。

「わ・・・私は早く大人になりたいのよ!」

そう言い捨てると、ジャングルジムから飛び降りて、そのまま走る。
何だか悔しかった。自分の理想みたいなものを壊された気がした。初対面の、しかもあんな変な子に。
大人にこだわる方が大人気ないって、どういうことよ。私は早く大人になりたいの。子供なんて、嫌なんだからーー

もう、絶対あの公園には行かない。


            ☆            ☆           ☆

・・・って思ってたのに、私は何故かまた公園にいく羽目になっていた。家に帰ったら手袋が片方、無かった。塾にいたときはあったし、帰り道のときにもあった。となると、公園しかない。
早速、公園の中を探す。もう、あんなよく分かんない子になんか会いたくない。さっさと見つけて、家に帰らなきゃ・・・

「もしかして、探してるの、これ?」

ふと頭上から声がした。慌てて、声のした方をみる。
ジャングルジムの上にいた少女ーー雪那と、目が合った。その手には、私の手袋。
雪那が、ニヤッと笑った。

「・・・っ、この、確信犯!!」
「確信犯?何のこと?」
「あんた、私の手袋とったでしょう!?」
「いや、ただ僕はこっそり手袋を・・・」
「そういうのを盗ったって言うのよ!!」

叫んで、ハッとする。何でムキになってるんだろう。我ながら大人気ない。
気を取り直して、今度は冷静に話し出す。

「いいから、返してよ」
「やだぁー。僕、君に訊きたいことがあるんだもん」
「はあ?」

雪那はジャングルジムから降りてきて、私の顔を覗き込んだ。
どこまでも、子供っぽい。

「何が知りたいのよ」
「いやあ、何で宮崎莉香は、大人になりたいのかなあ、なんて思って」

私が、大人になりたいと思う理由?
そんなの、決まってる。

「大人って、自由ってかんじで、いいじゃない」

学校みたいな規則もない。
受験なんてものもない。
小さい頃から、働いている父さんや母さん、自由に暮らしてる従姉妹が羨ましかった。大人ってものに憧れて、夢みて・・・

「宮崎莉香は、やっぱり、世間知らず」
「は、」

今度は何を言い出すのやら。

「大人が自由?何言ってんの、宮崎莉香。そんなの惑わされてるだけだよ。あのねぇ、世の中にはきちんとルールってもんがあって、それは凄く厳しいんだよ?何でもかんでも楽しくやれるなんて思ったら大間違いだよ」
「・・・そんなの、知ってる」
「知らないでしょ!?知ってたらそんなこと言ったりしないもん。そもそも、大人がそんなに自由なら・・・」

不意に、雪那の顔が歪む。
辛そうな顔。

「何か、あったの」

訊いてみるけど、雪那は黙ったまま、ふいと横を向いた。
・・・何よ、こんなことで拗ねるなんて、大人気ない。
そうは思ったけど、あまりにも黙ったままだから、こっちもバツが悪くなる。

「あの・・・」
「母さん」

私が口を開くのと同時に、雪那も口を開いた。
横を向いているから、表情が読み取れない。

「僕の母さん。仕事が大変で、追いつめられて、毎日毎日泣いてた。僕に沢山八つ当たりもした。でも僕は母さんが好きだった」

感情のこもらない声。
遠くを見つめる瞳。

「ある日、僕が帰ってきたら・・・母さんは、もういなかった」
「え?」
「・・・とけちゃったんだよ。僕の母さんもさ、雪の精だから。圧力ばっかの暑い熱いところでは、生きていけなかったんだよ」

そういって、雪那は笑う。
自虐的な表情を浮かべて。

その後私を見つめた雪那の顔は、いつになく寂しそうで、必死そうだった。

「ねえ、宮崎莉香。悪いと思うなら、来て」
「え?」
「ここに、毎日。僕は待ってる」

そういうと、雪那は口を閉じた。


            ☆               ☆             ☆


退くにもひけなくなった私は、そのまま毎日公園に寄った。その度に、私と雪那の意見はぶつかった。

「ねえ、宮崎莉香。大人気ないって、どういうこと?」

一度、訊かれたことがある。

「大人にならなくちゃって頑張るから、ストレスが溜まるんだよ。もっとさ、叫んじゃえばいいのに。自分の気持ちを出しちゃえばいいのに。大人気ないって言葉、僕は嫌いだなあ」

遠くを見つめて呟く雪那。
こういう話をする時の雪那は、私よりずっと大人に見えた。

そして、ある日。私は何となくニュースを見て、そしてハッとした。テレビの画面にあったのは、「暖冬」の文字。今年はもう雪は降らないでしょうなあ・・・。キャスターが喋る。
まさか、ね。雪那が雪の精だなんて、絶対ありえない。というか、別に雪那がいなくなったって、私にはどうってことない。
そう言いきかせたけど、それはただのこじつけにしか思えなかった。


          ☆              ☆            ☆


公園のジャングルジムに、雪那はいた。いつも通り、笑う。心無しか、その笑顔がいつもより弱々しく見えた。

「ねえ、宮崎莉香。ニュース、見た?」
「暖冬の・・・話?」
「そ、もう雪降らないんだって。僕、もうお別れしなきゃいけないかも。ほら、だって僕は」
「雪の精だから、とけちゃうって?」

声を遮って、私は言う。
雪那は私の顔をまんまるな目でみつめて、一言呟いた。

「わお。よく分かってんじゃん」
「そりゃあ、あれだけきけば嫌でも頭に入るわよ」

ニヤッと笑ってみる。
雪那も、私を見て笑った。

「僕ね、思うんだ、僕たちは、きっと宇宙人なんだって」

不意に、わけの分からないことを言う。
こんな話も、もうきけなくなるんだろうか。


「だって、僕たちは大人でも、子供でもない。得体のしれない、宇宙人なんだよ」

宇宙人、か。
私たちは大人というにはまだ子供すぎるし、子供というには大人すぎる。

「だから、僕たちは、僕たちができる限り、生きなきゃいけない。宇宙人は宇宙人らしく、大人と子供の狭間でもがいて、悩んで、苦しんで、それでも前に進まなきゃいけない」

雪那の横顔が、こういう話をする大人びた顔が、今日は幼くみえた。
そっと、手を握る。雪那がこっちをみて、泣きそうな顔で笑った。


             ☆            ☆           ☆


今思えば、それが雪那との最後だった。
次の日公園に行ったら、雪那はもういなかった。どこに行ったんだろう。どこかで、またあのわけの分からない話をしているんだろうか。
私は無事、高校に受かった。通学中、色んな大人をみかける。よく見たら、楽しそうな人よりも辛そうな人の方が多かった。

ーー僕たちは、宇宙人なんだよ。

私は、変わったと言われた。父さんや母さん、従姉妹にも。私を変えたのは、彼女だ。私を、「大人もどき」から「宇宙人」に変えた。今を精一杯生きるしかない、「宇宙人」に。
でも、きっと宇宙人も悪くない。
雪那の言う、宇宙人も。

初雪が降った日は、いつも思い出す。
自らを「雪の精」なんて名乗った、
不思議な少女のことを。


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