短編置き場

□さよなら、
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※4学年違い

非常に気まずい。
婚約者がおそらく遊んでいるところを目撃してしまった。

私は、家の言うとおりに結婚できるのだろうか。
破断なれば、私のせいにされるに違いない。

いつだか考えた。
私がいなければ、消えれば、五条さんも自由になるし
家への損害はなく家族円満になるのでは。
一瞬にして考えが浮かんだ。






政略結婚というのは、産まれながら致し方ないと思っていた。
それがこの家に生まれてきた役目で、仕事でもあるのだと。

私は、術師の家系で生きてきた。
御三家の次くらいの階級イメージだろうか。
中院(なかのいん)家はそんな家柄だ。
能力が高い後継ぎの弟がいる。
術式をもって生まれて、使いこなすのも早かった。
蝶よ華よと育てられていた。

私はというと、そこそこ呪力をもって産まれてきたがゆえに
期待が大きく、的外れだったとがっかりされることが多かった。
期待があったぶん、執拗以上に訓練は厳しかった。
なんだ、この差は。
できたことは、2歳年下の弟となんら変わりないのに。
と思っていたこともあった。

一応自分の名誉のためにここに弁解させてもらうと、
子どもながらに自分のチカラを開放すると危ないとわかっていた。
だから加減を間違えないように生きてきた。

何を言われてもいいよ。
私は自分のエゴで人を殺すなんてことをしたくないから、
チカラの開放しない。
でも、さすがに陰口の度が過ぎているときは
「本気出したらお前死ぬよ」なんて厨二くさいことを心の中で思っていた。


11歳のとき、呪術界の最強と言われている五条悟の
高専入学お祝いパーティにお呼ばれした。
ついてそうそう、父と弟に話しかけてくる人たちが来る。
一応これでも階級が上の方だからだろう。
弟が家督を継ぐことがほぼ確定しているため、
挨拶に必死な父は弟とどこか行った。

「母と一緒にいましょう」
お母さんが話しかけてくれた。

母は、私に期待などしていなかったのだろうか。
父や家の者たちは私が期待を裏切ったと、がっかりしていたのに。

「母がご飯を取ってきますから、ここにいてね」

ポツンとひとり、残される。
ほとんど家同士の集まりなんかは参加していなかったから、
私に話しかけてくる人は誰もいない。

ひときわにぎわっているかたまりに目を移すと、
今回の主役、五条悟がしきりに話しかけられていた。

「五条家の悟坊は、まだ婚約者を決めていないらしいな」
「あの五条家なのに。遅くないか」
「なんでも、お眼鏡にかなう子が表れないらしい」
「遊んでいるとも聞くが」
「これでもいろいろお見合いの写真だの、
何だのと引き合わせはするものの、最後は婚約しないと言い切るとか」
「難儀な子だ、どうせ家からの宿命には逆らえんだろう」
「でも悟坊なら、やりかねんな」
「確かに」
ひそひそと周囲から聞こえてくる。

言いたい放題だ、と心を無にして聞いていると
遠目に彼のサングラスがこちらをとらえた気がした。
気がしただけ。
サングラスでどこに視線があるのかわからないから、
そのまま母がこちらに帰ってくる方へ視線をずらした。

「ほら、食べなさい」

「ありがとうございます」

母も、数人の知り合いから声をかけられた。
少し挨拶をしてその時に娘です、と言われ私も挨拶して、
その繰り返しでパーティーは終わった。
帰る前にもう一度、五条悟の方を見ると、
またサングラス越しでこちらをとらえているような気がした。
今度は、こちらを見ているかもわからない人に向かって
会釈をしてその場を離れようとした。

「俺、こいつとなら婚約していいよ」

急に腕をつかまれたと思えば、
先ほど遠目にいた彼がすぐ横にいるではないか。
あまりに急すぎて声にならない声がでた。

「正式にこっちから使いよこすから、よろしく」
と母に言って、その場を離れていった。






“ついに、あの五条悟が婚約した”

それはもう、大変噂になった。
正式な婚約をしていないのに、
大勢の前であんな発言すればそうなるだろう。
そして、婚約は避けられないだろう。

「なんだかよくわからないが、よくやった」

私も何がなんだかわからないよ。
あの日、あの後、母に手を引かれ帰ってきた。

母は、五条家との婚約を喜んでくれるだろうか。
前を歩いていた母の顔が見えなかったから、よくわからない。

五条家からの侍従がきて、正式な書面をもらった。
婚約の顔合わせを行うらしく日取りの調整が行われた。

その騒動から2か月後の5月の連休だった。

顔合わせ早々に、『あと2人で』なんて言われて
2人だけの無言の空間になる。
おい、お前が指名してきたんだろう、何か話せよ。
と心の中で悪態をつく。
しかし、私の家の立ち位置では完璧な婚約者でなければならない。

別に話題なんてない。
しいて言いうなら、“なぜ私にしたか”を聞きたいけど。
それを聞けるほどの空気ではないことはわかる。

この人と話したことはないけれど、予想がついてしまう。
噂によれば、天上天下唯我独尊と。
決まったレールが嫌いそう。上とも反りが合わないと聞く。
これは、私は都合いいようにされるだけだろう。

婚約の話を抑え込むため、婚約に幾分か現実味がある歳の差にとどめ
相手を指名して真実味を帯びさせる。
結婚を少なくとも4年は押さえることができる。
そして、私が高専に入れば学生の間には、結婚はしないだろう。
そうなれば、最低6年は結婚について周りから督促されることはないだろう。

その間に本当に好きな人ができれば、乗り換えることができるし。
できなくても6年間は周りがうるさくなくなる。それが狙いだろうか。

それでも、私を選んだ理由がよくわからない。
そんな人材はまだまだいたはずだ。

「………なんか面白いこと話せよ」
無言が包む中に、五条さんの声が響いた。

「えーっと、要求が高い気がしますが」

「あ?」

やだ〜こわ〜い。ピエンしちゃうよ〜。
使い方あってんのか知らんけど。

「と、とりあえず、自己紹介がまだでしたね。
 中院春香と申します。よろしくお願いいたします」

「知っている」

「あ、はい」

それはそうですよね、さすがに知ってますよね。
そのあとも、無言の空間が続き、え、何コレ、何の時間?
と頭の中にぐるぐるしていた。

「なんで、本気出さねえんだ」

急に問いかけられて喉が詰まるかと思った。
六眼をもっているから、私にも術式が刻まれていることがわかるのだろう。

「なんのことでしょう」

「とぼけんなよ、弟よりお前の方が才能あるだろ」

「……それはどうでしょう」

「はぁ、お前つまんねえ」

そんなつまんねえのを婚約者に指名したのはお前だけどな。

「はい、私もそう思います」

そういうと、少しだけ驚いた表情になっていた。
実際、私はつまんない人間だ。

その後すぐに、両親が笑顔で戻ってきた。
五条家との親睦を深めたみたいだった。

その様子を見てますます、
将来婚約破棄された時を考えると胸が痛くなった。
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