短編置き場

□あなたとの未来を描いて
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※さよなら、の続き


「はあ?」
4つ下の婚約者が期限も設けられないほど
過酷な海外の長期任務に出て行ったと聞かされた。

ありえない。なんで、前もって聞いてもいない。
春香の意志?

もう一度言うが、ありえない。
来月の春香の誕生日の準備をしていた自分が
バカみたいじゃないか。


春香を婚約者に指名したのは、最初は時間稼ぎだった。
頭がいい婚約者はそれを分かっていてか、
深入りしないどころか、媚びの一つも打ってこなかった。

結婚の話がうざすぎて引き伸ばすための
ブラフであったとしても、誰でもよかったわけではない。

人を見る目は自負している。
春香は、聡明で将来かわいさと美人を兼ね備える
顔立ちになるだろう。家柄も申し分ない。

予想通りに、数か月おきに会うたび成長していく姿を見る。

4つも下なのに、感情がこもっていない瞳をしている春香に
自分の方が興味を抱いてしまった。
正確には婚約者として見出した時からだろう。

家から言い渡されてやってきたお見舞いでも、
もっと聞きたいことないのかよ、俺死にかけたんだけど?
と思った自分に驚いた。
4つ下相手に、気を引きたがっている自分に。

だけど、春香は僕に興味がなさそうだった。
いたたまれなくなって、その場を後にした。

自分から言い出したことで人を振り回すなんて、
ずっとしてきたのに、春香にはそれができなかった。

だからずっと体裁を守り続けて、健全なお茶をする。

『頑張ったんですね』
驚いた、そんなことを言われたのは初めてだった。
“お前はチートだからな”か“さすがです!”と
言われることがほとんどだった。

自他ともに認める最強である僕の努力なんて、
誰も想像しなかったのに。

別に誰かにいたわってほしいなど思ったこともなかった。
この子に言われると、なぜだか心が軽くなったようだった。



そのあと、傑が離反してしばらくは会わなかった。
2人で最強だった親友が居なくなって、正気じゃいられなかった。
信じる信じないの世界ではない。考えたことすらなかった。
傑が自分で“あちら”に行くことを。

来る日も任務に行くか、
その辺で逆ナンされた適当な女とホテルに居るか。

そんな自分が、純粋な春香に会うと考えるだけで
恥ずかしくなって会えなかった。

変な噂が立ち始めていることは知っていた。
だから、せめて自分なりの償いで卒業パーティに
同席にするように伝えていた。

なのに、任務でいけなくなった。
申し訳がたたず電話すらもできず、メールで伝えた。

きっとその日、彼女はかなりの見世物になっただろう。
嫌な思いをしたはずなのに、僕には一切の不満を言うことはなかった。
まだ、嫌みの一つでも言われた方が楽だと思った。

自分でまきこんでおいて、
4つも下に気を遣われているのって相当ダサい。

その件以来、罪滅ぼしと称し罪悪感をなくすために、
合間を縫って高専に入学した春香に会うために足を運んだ。

春香が高専に入学するころには、
もともとかわいらしい顔立ちだったのが、
かなりに垢抜けて想像以上にきれいになった。

悪い虫がつきやしないかと思ったほど。

ここまで来ると認めざるを得ない。

親戚の子ぐらいに思っていたのに。
時がきたら、解放しようと思っていたのに。

家の事情によって、よっぽどその辺の大人より
精神年齢が高くならざるを得なかった春香のことが
好きだということを。



春香が高専に入る頃には、教鞭をとるために教育免許を
取る大学に行きつつ任務に就いた。

いくら裏技を使おうが、物理的な時間はいつも足りない。
それでも高専に顔を出すことはやめなかった。

会っている時間こそ、数か月に一度していた
お茶の時間よりかなり短い。

だけど、数分でも会えるなら、と春香の任務状況を聞いて
会えそうであれば迷わず高専に向かった。

顔を合わせる回数は増えた、はず。
春香は、この意図には全く気付いていない様子。
そりゃあそうか。高専所属にしていれば、
会う回数は増えても何らおかしくは思わないだろう。

それに、お互い明言は避けたものの、
いつか婚約破棄をするという認識は持っていたし。

勝手は承知だけど、手放したくなくなってしまった。

正直今は、この数分を作るのに精いっぱいだ。
一緒にディナーでも楽しみながら話したい。
一応、お互いの認識は違っていたとしても婚約者だ。
教免を取って落ち着いたら話そう。

今日は移動日。
朝地方から帰ってきて、夕方再度移動する。
昼間しか開いていないけど、習慣と化した高専に足を運ぶ。
行っても授業中で話はできないかもしれないけど、
一目見ておこうと廊下を静かに歩く。

日下部の声はしない。
妙に静かすぎる。

そっと教室を除きこむと、
机にかじりついている春香が見える。

どうやら日下部はさぼっているようだ。
大原が任務でいないから、
適当に自習プリントでも渡して出て行ったんだろうな。

せっかく一人なので声をかけようとしたときに、
春香の独り言が聞こえてくる。
「あいつ、本当に教師かよ…裏面の問題全然違うやつなんだが?」

思わず吹き出しそうになるのをこらえる。
春香から、こういう類の発言を今まで聞いたことがない。
でも、どことなく感じ取っていた。

春香は本来、こういった感じなのだろうと。
今日で証明された。やっぱり僕の見る目は本物だ。

いつか、僕の前でもそういうところ出してくれればいいのに。
いつもの春香の振る舞いは、完璧すぎて近寄りがたい。

「本当に適当に作ってやがる…」
きっと、一人だと信じて疑っていないからこういう風に
素が出ているんだろう。

もとより授業中だから話す目的で来たわけではないし、
集中しているところ邪魔するのは良くないだろうと、
そっと来た道を戻った。

いつか、素の春香と話せるようになりたい。


春香が2年に上がる頃、
たった一人の同級生の大原とずいぶん仲を深めたようで少々焦った。

大原は僕のことを尊敬しているようで、
仮にも呪術家系の彼が僕の婚約者に手を出すなんてことは
ないだろうけど、やはりいい気はしない。

「調子狂っちゃうよ」
出張帰りに高専に寄って教室をのぞくも誰もいない。
鍛錬場にいる二人を見つけて、
思わず嫉妬にかられる自分にため息をつく。

春香を呼ぶと、大原は上がるというので
悪いことしちゃったかなと思いつつ、
春香と話せる喜びの方が勝っていた。

春香にお土産を渡すと心なしかいつもより
うれしそうな声に聞こえる。

ああ、包帯では表情まではわからないからサングラスに
しておくべきだった。
今更取るのもおかしいので、やめておこう。

どんな表情しているか見たかったな。

春香のペースに合わせて自分なりに
心の距離を詰めていけていると、思っていた。

春香が3年に上がった時には、
教員免許をとれたから会う機会が多くなる、
とルンルン気分だったのに。

1年間任務に専念してほしいと説得に説得を重ねられ渋々承諾した。
春香が4年になったら任務が多くなるだろうけど、
1年は一緒に高専に入れるなら、いっかと。

教免を取ってからというもの、この2年間遠方や海外出張は
控えてもらうように調整していた反動なのか、
とにかく世界を飛び回った。

春香が18歳になるまでに仲を深めるという
ミッションが全く進まない。

それでも、僕から言わない限り婚約解消になるわけがないから、
時間をかけていけばいい。
春香の誕生日に僕がどう思っているか言おう。

今までお互いの誕生日は、家同士でごはんを食べて解散。
僕もごはんの時はスケジュールを開けていたけど、
その時間帯が終われば緊急連絡がバンバン回ってきて
二人で話す時間などなかった。

プレゼントは家を介して贈り合っていた。

だけど、今回はきちんと二人だけで話そう。
そう息巻いていたのに。
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