短編置き場

□初恋は叶わない
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※もちのろんハッピーエンド
※幼馴染
※子供時代の捏造ひどめ


帰り支度をしていると、扉の音がガチャリと聞こえる。

今日は、早い時間に戻ってこれたらしい
この部屋の家主に声をかける。

「おかえり〜」
「ただいま〜」

「私ちょうど帰るとこだったんだ。
いつも通り冷凍庫に一週間分ぐらい作り置きしてるから。
今日作った分は冷蔵庫で冷ましてるからそっちから食べてね」
「オッケー。送っていこうか?」
「いや、いいよ。早くお風呂入って休みなよ。じゃ、帰るね」
「またね〜」「はーい」ガチャ

リビングで別れて与えられている鍵でドアを閉めて
エレベータを呼び出す。

私と悟の関係は所謂“幼馴染”だ。
週に数回だけ、悟の部屋に足を運び家政婦もどきをしている。

――――――――――――――――――――――――

時はさかのぼり、小学生のとき。

「智也くん、春香ちゃん、
悟くんに今日のプリントを届けてくれないかな」

学校を休みがちな悟に、
家の方角が一緒ということでプリントを届けに行っていた。

智也も同じ方角ではあったけど、
習い事が忙しく結局私一人で行くことが多かった。

おうち事情、というものは小学生の私には
あまりわかっていなかった。

だけど、悟の家を見ればなんとなく大変なんだろうと
子どもながらに思っていた。

プリントを届けに行ったからといって、
悟と会うことはなかった。

席が遠い、ただのクラスメイト。
学校に来れば男子は彼のもとに集まり、女子は黄色い声を上がる。
たまに、いや、ほとんど不貞腐れた表情で、無口で、近寄りがたい。
それが、悟への印象だった。

“夕飯代です。しっかり食べてね”
小学校高学年になると、共働きの両親の帰りが遅くなった。
ご飯の用意が間に合わないときは、こうしてお金を置いてくれている。
今日は買いに行かないといけないらしい。

悟の家を通って、お弁当屋さんに向かう。
向かい側から歩いてきているのは、着物姿の悟と付き人と思わしき人。
本当、お人形さんみたいだな。
日本人離れしているのに、着物も似合うなんて。

すれ違うのはなんだか気まずいし、一つ先の角で曲がればいっか。
そう思って角を曲がろうとした瞬間、思わず足が止まる。
「…っ」
全身の鳥肌が止まらない。全神経が“逃げろ”と言っている。

「カ、カカクレンボボボ シヨ」
今まで小さいソレは見たことあったけど、こんなに大きいのは見たことない。
必死に足を動かし回れ右をすると、来た道を走り抜けた。
どうやら追いかけてはこない。

もう忘れよう、今日はご飯なんて買いに行けない。
家にある食パンでもかじって空腹をしのごう。

翌日、その場所の近くを通って
学校に行かなければならなかったけど何もいなかった。
結局何だったんだろうと、数日がたったある日。

「おい、お前」
「な、なに」

今日は日直で、最後に花壇の水やりをしなければならない。
放課後、花壇に足を運んで水やりをしていると、
ランドセルを背負った悟が明らかに私に声をかけてくる。
どうやら、1人のようだ。

「見えてるだろ」
「何を?」

「この前「坊ちゃん、こんなところに居ましたか」
助かった。きっと、付き人だろう。

「ッチ」
舌打ちを残してその場を去った。

「ばれちゃった、よね」

私があの変な奴らを見えているとばれてはいけない。
両親から口すっぱく言いつけられていた。

これに関しては、高校生になる時に、
親から“もう理解できる年齢だろう”と聞かされた。
叔父にあたる人が呪術師という人に才能を見出され、
その道に進み命を落としたらしい。
だから、私には見えることを隠せと言っていたと。


進学した中学も同じだった。
中学校では同じクラスになることはなかった。
しかし、珍しく登校してきたかと思えば私に話しかけてくるものだから、
一部の女子からはよく思われていなかった。
だけど、同じ小学校出身の子たちが救いで、
特にいじめには発展せずにすんだ。

幸か不幸か、話しかけられても勉強のことを聞きに来るだけで
あの日のことを、卒業するまで触れてくることはなかった。
一応成績優秀者として名が上がっていたので、おかしくはないけども。
同じクラスの藤原さんだって頭いいらしいのに。
教えるのは嫌いじゃなかったから、いいんだけども。

中学校では最初こそ小学校のときの印象で怖いと
思っていたけど話すうちに段々仲良くなった。

わかったことは、映画や漫画などが好きだということ。
よくお互いの好きなものを紹介し合っていた。
私の紹介した本は結構気に入ってくれていて、何よりだった。

高校は別々で、少しだけ寂しいと思ったことは内緒だ。
それでも、悟がたまに実家に帰って来ていて
家の前で出くわしたときは立ち話することは数回あった。

実家に帰ってくるたびに身長が大きくなっていく悟を見て、
男の子ってすごいなと思わされた。


“忙しいそうだね、身体には気を付けてね。”
その時は、毎回そう伝えることにしかできなかった。
きっと悟はあのへんな奴らと戦っているだろう。
そんな感じがする。

悟との距離を感じて寂しく思う自分が居た。
世間的には幼馴染で、距離は近いはずなのに。
どこか、別の世界の人みたい。
みたい、じゃなくてきっとそうなんだけど。

大学に進学すると、実家を出て一人暮らしながら平凡な生活をしていた。
どこにでもいる、大学生。

大学にもなると自然と地元の集まりの回数は減っていき、
私も私で大きな集まりは苦手で、参加することはなかった。

大学でかっこいいと人気の先輩を見るたびに思い出したのは、
すっかり成長しているのに少年のように笑う高校生になった悟だった。
そのときはっきり好きだったのだと自覚した。
自覚したのが大学生って、だいぶ遅すぎな気がする。

気付いた時にはすでに遠くの存在になっているなんて、笑える。
きっと、会わずにいたらいつか前に進めるだろう。
そんなこんなしていると、社会に出て恋愛どころではないほどの忙しい日々を送っていた。

年末に実家に帰ると、“年に一度くらいは集まろうね”と約束していた
地元で仲がいい数人で飲みに行くことになった。

仕事の愚痴をメインに話していたのがいつの間にか地元ネタになって、
やれ誰が結婚した、子どもできただのという話になる。
社会人2年目だと、もう、そんな話をする歳になったのかと感慨深くなる。

「春香は何もないの?」
「びっくりするぐらい、何もない」

「何で春香に彼氏がいないのかがわからない」
「単純にモテないだけでしょ」

自分で言っていて悲しくなるけど、確かにそうなのだ。
私の人生、モテ期というものはまだこないらしい。
もしかすると、今後も来ないかもしれない。
それはそれで、ちょっと悲しい。

「いいや、春香はガードが固いだけだね」
「それわかる」
「えー、普通だけど」

人の恋愛話をおつまみに酒が進んだ友人たちが泥酔し、
各々の彼氏が迎えにきては一人去って
もう一人も彼氏が迎えにきて帰っていった。

よし、帰りますか。
もちろん迎えに来てくれる人なんていない私は、一人で帰路につく。

「彼氏、か」
駅からまあまあ遠い実家までの道を、酔い覚ましをかねてゆっくり歩く。
下戸な私が2杯も飲んでしまい、少しだけ心もとない足取りになっている。

なんとも、思わないわけではない。
悟のことを今でも好きかと言われれば、即答はできない。

今がなにか前進するときかもしれない。
悟の実家を通り過ぎようとしたときに、門から誰か出てきた。

ドキッ
あのシルエットは、悟だ…タイムリー過ぎる。
そりゃあ悟の実家だもの。出てきてもおかしくはない。

「ん?春香?」
実に何年ぶりに声を聞いただろうか。

「こんばんは」
社会人で身に着けた仮面は、簡単にはがれないものになっていてありがたく思った。
内心は心臓が飛び出そうなのに、今まで通り接する。

「久しぶり」
「本当、久しぶりだね。帰ってきてたの?」
「うん、顔出しにね。春香も?」
「そうだよ」
「こんな時間に帰宅?」
「みっことさっこと飲んでたの」
「へえ、春香ってお酒飲むんだ」
「いや、下戸だよ。今日は付き合って2杯のんでそのあとはジュース」
「ふーん、あ」
「どうしたの?」
「いや、こっちの話。それより、今何してんの?」
「普通の会社員だよ」

“悟は?”
分かり切っていることなんて、聞けない。
その言葉を飲み込んだ。

「折り入ってお願いがあんだけど、ちょっと話せる?」



「お茶、コーヒー、ジュース、どれがいい?」
悟から話があると言われて、
今の時間からお店に行くのもあれだしと私の実家に招く。

両親は、私から冬ボーナスで奮発してプレゼントした
慰安旅行に行っているので不在だ。ちょうどよかったな。

「ん〜コーヒー」
「はーい」

簡易ドリップ式しかないけど、大丈夫かな
と思いながらお湯を沸かして用意を進める。

テレビの前のソファーに我が物顔で座る悟を見て、
変わってないなあと眺めつつ話しかける。

「で、話って?」
「…春香は僕たちが呪霊と呼んでる、
あの変な奴ら見えてるよね」
「…うん」

あの日以来、この話は話題になったことはなかった。
それは悟が私の意志を組んでくれていたから。
こうやって誰かに話すのは初めてで、緊張してしまう。

「そいつらを祓う役目が僕ら呪術師。
なんとなく気づいてたでしょ?
呪術師は万年人手不足。いつでも街を見れるわけじゃない。
何か異常を察知したら知らせてくれる、窓という役割の人がいてね。
その、窓も不足してるんだ」

ずいぶん、柔らかくなった口調で私の様子をうかがいながらも、
用意したコーヒーに角砂糖を入れていく悟。

「春香の一般人としての生活を邪魔するものじゃない。
普段生活していて異常を感じたら、知らせてくれるだけでいいだけど
やってくれない?」

そこまで話をすると、コーヒーを口に運んでいる。

私の生活圏内で異常を感じたら連絡する。
それだけであれば、全然負担ではないけど。
脳裏に親の顔がかすむけど、この頼みを断れるほど割り切れない。

「わかった。本当にただ生活しているときに異常を感じたら、でいいんだよね」
「ありがとー!」

ぱあっと笑顔になって、両手で手を取られぶんぶんと上下に動かされる。

連絡先を交換して、悟は帰っていった。
高校の時より身長大きくなってたな。
手を握られたときは焦った。

「……ダメだ、完全に持っていかれた」

この心臓の高鳴りを抑える術を知らない。
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