短編置き場

□せめて忘れさせてくれても、いいじゃない
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いつから、朝日に恐怖を抱くようになっただろうか。
私の時間は未だ、あの日でとまったままのようだ。

月に何度も、あの頃の日々のカケラを夢に見る。

『春香〜、飯いこ』
『これ超面白いらしい。今度見に行こうぜ』
『ケガすんな、心配すんだろアホ』

『春香、ホントにいいのか?』
『これで、ホントに俺のもんだな』

日常での悟も、初めてをささげたあの夜も。


別れた後は上層部もご満悦のようだった。
しかし、上層部の描くシナリオ通りには行かなかったようで
再び白羽の矢に立ったのは私だった。
今度こそいつ戻れるか分からない海外任務に就かされた。

もう、9年だ。数度は日本に帰れたけど実家に顔出すほどの
時間しか与えられなかった。

先輩にも後輩にも会えない。会うのは補助監督のみ。
私を孤独に追いやって何がしたいんだ。
言われたことをちゃんとしたのに。なんの腹いせだ。
本当に勝手すぎるけど、悟を忘れるにはちょうどいいと思った。

私には、思い出だけで生きていくのは辛すぎた。
それならいっそ、忘れてしまおうと。

思い出さない日々を過ごしていると、不意に夢に出てくる。
まるで忘れるな、忘れたくないと言っているようだった。

まだ起きるには早い時間。
だけど、もう一度寝てあの夢の続きを見てしまうことが怖くて
再び眠りにつくことはできなかった。

カーテン越しに私の部屋を照らし始める太陽に
また太陽が昇ってしまった。一日が始まってしまうと生きることに絶望した。


海外に住んでいる窓と連絡を取り、今日も任務に就く。

一体いつまで海外生活をさせられるんだろうか。
これから一生、海外で過ごさなければならないんだろうか。
もしかして、忘れ去られているんでは…
いや、たまに補助監督からは連絡来るしそれはないか。

任務漬の毎日で唯一楽しみなのが食事なのに。
この国のご飯は、とことんあわないから割高にはなるだろうけど日本食店を探す。
美味しいご飯と、四季を感じる日本が恋しくてたまらない。

『海外の飯はまずくて無理』

やっと見つけた日本食店に入り、食事をとりながらふと思い出す。
今日、あんな夢を見たからだ。

「たしかに、まずくて仕方ないね」

『ガキの頃はこの髪の毛の色が気にならないから海外移住もありかと思ってたけど』

「たしかに、こっちでは髪の毛の色は気にならなくなるね」

『うまい飯が気軽に食えないのは無理』

「たしかに、こっちでは日本食は高級だし滅多にお目にかかれないよ」

『それに、お前も居るし』

「私は、もうそこに居ないよ」

『春香も俺がいるところに帰ってこい』

「も、う帰れないよ」

一人で泣きながらご飯を食べる姿はなんとも滑稽だろう。
思い出したくないのに。

どうしてうれしい記憶だけよみがえってくるんだろう。
思い出は美化されるというけど、本当みたいだ。


せめて忘れさせてくれても、いいじゃない
(ウソ、本当は忘れたくなんてない)



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