短編置き場

□あなたのいない未来がずっと続いていく
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今にも崩れ落ちそうなほど沈んだ気持ちに背を向けて、無理矢理足を前に踏み出す。
ここではダメ。早く家に帰ろう。
夜蛾先生も、硝子も今度にしよう。

海外任務が長かった分、百鬼夜行に備えて準備をしておくように言われただけだった。
ちょうどいい。外に出なければ、目にする機会もないだろう。

実家に帰るときれいに掃除が行き届いている自室にこもった。
両親には申し訳ないけど、とても元気にふるまえない。
もう、27歳になるというのに。

幼い恋だったと、そう思えたら楽なのに。
私の時間はあの時のまま停まって、今でも抜け出せない。
あの時はすでに過去なのに、心が過去にしてくれない。


「久々だな。老けたか」
「久々。そりゃ海外に出ずっぱりだし老けるってもんよ。
硝子は変わらないね〜」
「かなり長い任務だったんだな」
「そうそう、海外も人手不足らしいよ」
「どこも変わらんな」
「言えてる」

数日が立ち、百鬼夜行2日前に最終会議で高専に来ていた。
あの日保健室には寄れなかったから、今日は必ず行くと自分に
プレッシャーをかける意味で、硝子にメッセージを送っていた。

ここ9年、まともに会っていなかったのに
何ら変わっていない硝子を見て、ホッとした。

「そういえば、春香が結婚したと噂になっているぞ」

硝子いわく、1年ほど前から私の長い海外任務はアチラにいい男を見つけたとか
なんとかでずっと海外にいると噂になっているらしい。

ばかばかしい。出所も上層部だろう。
少なからず、私のことを不遇だと訴える術師たちがいる。
その人たちを黙らせるために、そんな真っ赤な嘘を流したんだ。

どこまで行っても、安直で勝手な上層部に吐き気がする。
私の人生を何だと思っているんだ。

せめてもっとまともな嘘をつけなかったのか。
一つの国にとどまっていないのに、どうやって結婚するんだ。

「フフフ、それはどうだろうね」
「なんだ、結婚してないんだな」
「げ、なんでわかったの」
「私だから」

硝子にはかなわないね、と言いながら差し出されたマグカップを受け取った。

「五条は夏油の件が落ち着いたら、婚約式だってよ」
「そっか、お祝いしないとね〜」

完璧すぎる返事。これだけは私の墓場まで持って行かないと。
9年という月日は、あまりにも長すぎた。上層部と話す時は採算注意していたし。
数日前のあの風景に比べたら、本人が居ないところではどうってことない。

「外れた」
「何が?」
「てっきり春香も…」
「?今は仲間意識?上司?最強って感じ、かな」

硝子が途中で言うのを止めるなんて珍しいな。
これ以上心に嘘をつきたくなくて、硝子には嘘もバレるし
本当に思っているところで、言っても差支えないところだけを口に出した。

「春香が海外に行ったあと、そりゃあ手を付けられなかったぞ」
「五条の奴は、とにかく婚約式を先伸ばしにしていた」
「痴話喧嘩に巻き込むなって言ってやるつもりだったのに、
本当に痴話喧嘩ではなくなったんだな」

硝子の悲しそうな表情は、そう見たことがない。
なんだかんだ、私たちのことを応援していくれていたからだろう。
こめんね、本当に。硝子にさえすべてを話すことができない。

「あの日が、すべてだよ」
あの日に私を全部置いてきたまま。


あなたのいない未来がずっと続いていく
(誰もいない暗闇で泣いて、絶望して、もう無理かもしれないと言いながら今日も生きている)



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