短編置き場

□消したはずの気持ち、溢れだしてきちゃった
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百鬼夜行当日。
早めに新宿に繰り出し、見回りを強化する。
続々と術師が集まる中何かおかしいと再度資料に目をやる。

もう配置についているのに、私の位置だけ明らかに意図が分からない。
呪霊はまだ距離がある。近くの補助監督に聞こうと駆け寄る。

「パンダ!!棘!!」
大きな声の方を見ると、悟と伊地知くんが居る。
悟はなにやら緊急事態のようで、術式を地面に描いている。

近くに見当たるのが伊地知くんしかいないし、
今なら悟の視界に入らないだろうと声をかける。

「あ、これは最新のものではありません」
どこまでも、私を侮辱することに何ら躊躇いもないのか。
今回の作戦で何かすこしでも失敗すれば、海外で上げた功績を
帳消しにする魂胆だろう。

「はあ、まあいい。すぐ携帯に送って“グイ”えっ」
「オオオオオオマエ、ワコッチ」

ありえない、こんな一瞬で何もなかった場所から現れるなんて。
―夏油が持っている特級―ならあり得るのか。
悟でさえ気づかなかったんだ、私に対処できるはずない。


「…春香っ」

パンダと棘が送られる瞬間に、術式の中に吹き飛ばされてしまったようだった。
悟の声を最後に、新宿から一瞬で高専のはずれにトばされてしまった。
よかった、変に術式に入ってしまったのに五体満足でトばされて。
ただ、他の2人とは別になってしまったようだ。

さっきの呪霊はついてきている感じはしない。
帳の端のようだ。夏油の呪力を感じる。
こうなってしまったからには、こちらに加勢するほかないだろうと
高専を目指して走る。

「やっぱり夏油が盗んだんだ。化身玉藻前」
「春香」
「夏油、元気そうだね」
「君は、元気そうに見えないね」
「乙骨くん、だっけ。大丈夫?」
夏油から目をそらさず、後ろに倒れている乙骨くんに声をかける。

「おや、私を目の前にしてずいぶん余裕こいてくれるね」
はやい。だけど、私だって伊達に一人で海外任務についていたわけじゃない。
夏油とお互い探り合う。

「ずいぶん、チカラをつけたね」
「それはどうも」

夏油の攻撃をいなしながら、特級の攻撃を避けるのは一瞬も気を抜けない。
目を見開き、全神経を集中させる。

「なあ、春香。私のもとへこないか」
「やっぱり、それが目的で私をこっちに送らせたでしょ」
「そうだよ、私は春香も目的だった」
「光栄だけど、お断りする」
「そうか、だったら死んで呪いとなって私の一部になってくれ」

よけきれない。化身玉藻前の攻撃が先ほどより数段スピードが上がっている。
どこまで飛ばされかも定かではない。

なんとか急所は避けたけど、足も腕も肋骨もイカれた。
内臓の損傷があるかもしれない。

ポタポタと流れる涙は、何の涙だろう。
こんな時ですら、大声をあげて泣けないなんて。
いや、正確には大声を出せないだけなんだけども。

全身が痛みを通り越して熱い。
“当たり前に明日があるわけではない”
この百鬼夜行で命を落とすかも、この気持ちも墓場まで持っていくんだと
覚悟はしていた。つもりだった。

悟を傷つけ謝ることもできず死ぬのか。
物理的に呼吸ができない、酸素が足りない。
意識が薄れる中、「ごめんなさい」とつぶやいた。


消したはずの気持ち、溢れだしてきちゃった
(最後ぐらい、悟のことが好きだと言いたかった)



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