過去拍手置き場

□かおり
1ページ/1ページ


《かおり》




朝起きると、隣に彼がいなかった。

「…斎藤?」

呼び掛けたが自分の擦れた声だけが部屋に反響した。

「もう出たのかな…?」

蒲団から出て家の中をぐるりと探す。やはり斎藤はもう仕事に出たあとのようだ。

今日から斎藤は京都の方に出張。

そして、たまたま、私が今日非番をもらっていたので、それを理由に昨日斎藤は私の声が枯れるまで抱かれたのだが。

「一言くらい声かけてくれれば良いのに…」

きっと私は完全に熟睡だったんだろう。けど、数日間会えなくなるのだから、一言くらいかけて出ていけば良いものを。

もう一度、蒲団の上に腰を下ろした。

蒲団にもう斎藤の温もりは残っていない。

「あ、上着脱ぎっぱなし…」

斎藤の警官服の上着が昨日脱ぎ捨てたままの状態で放置されていた。

なんとなく、手にとる。

ふわりと、嗅ぎ慣れた煙草と斎藤の匂いが上着を引き寄せた時に鼻を霞める。

なんだか、どうしようもなく寂しくなった。

ぎゅっとそれを抱きしめ、上着に顔を埋めて寝転んだ。

「阿呆……」

小さな呟きは斎藤の上着に吸い取られる。

「…寝よう」

久しぶりの非番だからといって、私が特にすることもない。
とりあえず、まだいろいろしんどいのでもう一眠りしよう。ソレからあとは追々考えていこう。

上着から香る斎藤のにおいに包まれてもう一度眠りに就いた。




「−おい、いつまで寝てるつもりだ」

「…ん、?」

誰かが私の体を揺する。
まだ、寝たりないのに、一体なんなんだと思いつつ、目を開けると、そこには、いないはずのその人。

「え…斎藤?」

斎藤が警官服で煙草を咥え、私を見下ろしていた。

驚いて飛び起きる。

「なんで、出張行ったんじゃないの?」

「言ってなかったか?向こうへは昼から行く」

「聞いてない…じゃあ、今までどこ行ってたの?」

「ああ。コイツが切れてたから買いに行ってたんだよ」

そういって斎藤が何時も吸っている銘柄の箱を取り出す。

「それより」

「ん?」

「まさかお前にそんな可愛い一面があるとは驚きだな」

「え…?あっ!」

斎藤がニヤニヤ笑いながら目線を私の手に落とす。全く何のことだかわからなかったが、自分がしっかりと斎藤の上着を握り締めていることに気付き、顔が熱くなった。

「これは、違う…!」

「何が違う?しっかり抱いて寝てたじゃないか」

「…っだって!その、もう行っちゃったと思ったから…」

「阿呆。出張に行くんだ、声ぐらいかけていくだろう」

「…斎藤なら、何も言わず出ていきそうなんだもの」

私がそう言うと、呆れたように斎藤がため息と共に煙を吐き出す。

「本当に救いようのない阿呆だな。…自分だけだとでも思ってるのか」

「なっ…」

「いいか、なんで俺が、朝お前を起こさず、わざわざコレを買ってここに戻ってきたのか、考えろ」

「……」

考えろと言われ考えてみた。そして、そういえば、斎藤の仕事部屋には、煙草の予備はそれなりあったと思い出した。
だから買わずとも本庁に行けば、煙草を吸えたわけだ。

「あ、」

ちょっとわかった気がする。
思うに、煙草をとりに其処へ行けば、仕事柄、出張の時間まで書類整理をさせられる事は明らかだ。

そうなると、疲れた私を朝早く起こし、一時の別れを惜しまなければならない。それは流石に彼にも忍びない思いがあって出来ず、煙草も我慢出来ず、今の状況になったのではないだろうか。
まあ、ただ仕事したくないだけだったかもしれないので、この憶測の半分は自惚れに近いが。

「…斎藤も私と離れるの寂しいって思ってもいいってこと?」

「…さあな。まあ、勝手にしろ」

考えろと言っておきながら最終的に、勝手にしろとは、全く、素直じゃない。

でも、とりあえずは。

「なんだ?」

「抱きついていい?」

「…好きにしろ」

斎藤に飛び付き、胸いっぱいに彼の香りを吸い込んだ。今度は温もりと体の感触もちゃんとある。

少し間があって、斎藤の手が後ろに回る。

次に斎藤がここに帰ってくるまで、斎藤の全部を覚えていられるように、斎藤も私の全部を覚えていられるように、2人でしっかりと抱き締めあった。




[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ