過去拍手置き場
□ほろ苦いキス
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「…消し忘れてる」
扉を開けて一番に目に入ってきたそれ。
先端の赤から煙が揺らめいている。
長さがまだあまり減っていないところを見ると斎藤とちょうど入れ違いになったようだ。
「……。」
せっかく書類を早く終わらせて斎藤のもとに来たのに当の本人が不在とは、ついてない。
煙草がちりちりと少しずつ灰になっていく。
「それにしてもすごい量吸ってるな…。」
灰皿の上にはまだ午前中だというのに吸殻が多数。
こんな煙を吸うだけのものの何がおいしいのだろう。
斎藤の吸いかけの煙草を手に取り一息吸ってみる。
「っけ、ほ…苦い…」
気管を通り肺に入った煙の苦さに思わずむせてしまう。斎藤はこんな不味いものを毎日何本も吸っていると考えると理解に苦しむ。
ガチャリと扉が開いた。
「いたのか」
「入る前から気づいてたくせに白々しいな…」
「なんだ、俺の吸いかけ吸ったのか」
斎藤は私の悪態には何も触れずにこちらに歩いてくると、私の指につままれていたそれを私から取り上げた。
「よくそんなの吸えるね、斎藤」
斎藤は私の言葉にふっと笑うと私から取り上げた煙草をうまそうに吸った。
「その煙のおいしさがわからない…苦いだけじゃない」
「お前みたいな子供にまだこれは早い」
斎藤が幾分短くなったそれを灰皿でもみ消す。その動作を見ていた私の視線と斎藤の視線が、ぶつかった。斎藤が面白そうに笑った。
その直後、縮まる距離、重なる唇からかおる、苦い香り。
「お前にはこれくらいがちょうどいいだろう?」
そういって意地の悪い笑みを浮かべた斎藤はまた新しい煙草を箱から取出し、咥える。
唇に残されたほろ苦い香り。
確かに私には、このほのかに甘く、ほろ苦い彼からの口づけがちょうどいい。
『ほろ苦いキス』