過去拍手置き場

□寸止めキス
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柳君とは、図書館で親しくなった。

「これを借りたいんだが、いいか?」

「あ、ちょっと待ってねー」

毎週火曜日は図書当番の日だ。 今週もいつもと同じように予鈴が鳴る少し前、 人が少なくなった時間に柳君は私のもとへ本を借りに来 る。

「はい、どうぞ」

「いつもすまないな」

柳君に本を渡すと柳君はやわらかい笑みを浮かべる。私 はこの笑顔を見るたびに図書委員になってよかったと心 底思うのだ。

もともとはただの片思い。図書委員になったおかげで、 少しずつかかわりが増えて普通に会話できるほどになっ た。

「いつもお前が予鈴の鳴る直前まで、

いるから助かる」

「まあ、仕事だからね」

「最近は当番をしない奴だっているんだ、

よ」

「…ありがとう」

ああ、狡いこの人。そんな風に優しく言われたら何も言 葉が返せないじゃないか。

「でも柳君、本借りていくならわざわざこんな予鈴ギリ ギリまで読まなくて教室で読めばいいのに」

「ああ…。正直に言えばいつもはそうしてる。俺がこの時 間まで残るのは火曜日だけだ」

「え…」

話題を変えようとしたのに、そんな返答が返ってくるな んて思ってもしなかった。 そんなこと言われたら期待してしまうじゃないか。心臓 の鼓動が早くなるのを感じる。

「期待すればいいさ」

まるで私の心の中を見るように、柳君が閉じている瞳を すっと明けて私を見つめる。

声が出せない。

冷たい柳君の手が私の頬を滑り、その冷たさに、反射的 に私が目をつむると柳君はそのまま私の顎を持ち上げ た。

キーンコーン…

予鈴の音にはっとして目を開ける。

目の前には柳君の整った顔、唇が重なるまでほんのあと 数センチ。

柳君はふっと笑い顔を離すと私の顎を持ち上げていた手 をおろし、優しく私の頭を撫でた。

「続きは次の火曜日までお預けだな」

そういって、私の大好きな笑みを浮かべる柳君。

に狡い人だ。

『寸止めキス』

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