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□鬼と女と珈琲と。
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「ねえ、あなたは何者なの?」
そう言って彼女は笑った。
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「あ、鬼灯さん…!久しぶりですね」
「ええ。ちょうど2か月ぶりくらいですかね、こちらに来るのは。」
中心部を少し外れた路地裏、ひっそりと開かれているカフェ。現世に来るたび、なぜだかここに足を運んでしまう。
「もう来てくれないかと思いましたよ」
『私も来ないつもりでしたよ』という言葉をぐっと飲み込んだ。結局、律儀に来ておきながらいまさら言っても仕方ない台詞だからだ。
「何か飲みますか」
「あなたにお任せしますよ」
「じゃあ、やっぱりコーヒーですね。ちょっと待っててください」
そういって彼女は店の奥へと姿を消した。
数年ほど前、たまたま立ち寄ったこの店。古ぼけた外観に何処か浮世離れした美しい女が一人そこにいた。彼女は私を一目見て
『あなたは何者なの』
そう訪ねてきたのだ。
かちゃり、目の前にカップが2つ静かに置かれた。
「何か考え事ですか?」
彼女はそのまま私の座っている小さなテーブルの向かいの椅子に座った。
「初めてここに来た時のことを考えていたんですよ」
「あぁ、私もよく覚えていますよ。なんせ初めて鬼と会った日のことですもの」
彼女は自分の分の珈琲をゆっくり飲んだ。
「――あなたはなぜ私が人ではないものだと思ったのですか」
そう、彼女は私を最初から人間ではないと見抜いていた。角も耳も隠しているのに。試しに私が『鬼ですよ』と言うと、彼女がいやに納得した顔をしたことを今でも鮮明に覚えている。
「だって全然違うんだもの」
「何がです?」
「んー…身に纏ってる雰囲気みたいなもの?」
「それにしたって、私が鬼だってのを信じるのもどうかと思いませんか?」
「だって、鬼灯さんは鬼なんでしょ?信じるも何も本当のことだから何も変なことなんてないじゃない」
「…ほんとに、よくわからない人ですね、あなたは。」
彼女が入れた珈琲を一口、口に含む。ちょうどいい苦みが口に広がる。彼女が入れる珈琲はいつも美味しい。
「鬼灯さんは鬼だから、やっぱり地獄に住んでるの?」
「そうです。」
「…それなら私も地獄に落ちるの恐くないかもしれない」
「どうせ死んでもあなたのような人は地獄にはこれませんよ」
私の言葉に彼女が一瞬目を細めた。
「そうかしら。だって私、人を殺したことがあるのよ」
そう言って彼女が笑った。酷く儚げで、ぞっとするほど綺麗に。
「それは―――」
『本当ですか。』
そう聞こうとした私の唇に彼女の指が重ねられ、その言葉は飲み込まれた。
「本当か嘘か、それは私がそっちに行くときまでのお楽しみ。」
彼女はゆっくり私の唇からその細い指を離すと席を立った。彼女の背中はなんだか小さく見えた。
「まあ、あなたを地獄でいたぶるのも悪くないかもしれませんね」
「ふふ、恐いこと言うのね、鬼灯さんは。」
「でも」
もう一口、口に含んだ珈琲の苦さが広がって溶けていく。
「ここで、あなたの煎れる珈琲を飲むのは嫌いじゃないので、もうしばらくは死なないでください。」
私の言葉に彼女がまた笑う。
きっと私は彼女がコチラ側に来るまで、こうやってまたこの場所に、彼女の笑顔を見に来るのだろう。
それも悪くない。