るろうに剣心*short*

□腕
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抱かれるのなら

あなたの腕の中が良い。





「なあ壬桜、お前はなぜ俺についてくるんだ?」

壬桜は志々雄のために洋酒を注いでいた手を止めた。
今日はいつも身の回りの世話をする由美が所用でいない。
それ故に、壬桜に志々雄はそのような事を聞いたのだ。

「なぜって…そんなの聞かなくてもわかってるでしょ?」

壬桜は口元に笑みを浮かべながら志々雄に洋酒の入ったグラスを渡した。

「わかるからきいてんだよ。…お前の事はもう手放したつもりだ。」

「知ってるよそんなこと。でも、志々雄さんの傍にいたいからそうしてるの。」

志々雄はひとつ小さく舌をならし壬桜から視線を外して、一気に洋酒を煽る。

「そんなに、俺が愛しいか?」

志々雄が自嘲気味に壬桜に尋ねると、やはり壬桜は笑う。

その挑発的な態度に、志々雄は立ち上がり、持っていた空のグラスを放り投げ、代わりに壬桜の手を掴み自分の方へ引き寄せた。

志々雄の投げ捨てたグラスと壬桜を引き寄せた事により、ぐらついた机から、洋酒の入った瓶が転げ落ち、耳障りな音を立てる。

「志々雄さん。わたしは志々雄さんとなら地獄へ行っても構わないの。」

「…」

真っ直ぐに志々雄を見つめる壬桜。
志々雄はその目を静かに見つめた。

「昔言ったはずだ。俺はお前を地獄へ連れていくつもりはねえ。」

志々雄は壬桜を愛していた。いや、正しくは愛している。
だから壬桜だけには、自分の行く地獄は見せたくなかった。
だから突き放した。自分と違って綺麗な穢れを知らない壬桜を。

壬桜は志々雄の言葉に顔を曇らせた。

「そんな顔すんな」

「…っ」

壬桜はなぜだかたまらない気持ちになり志々雄の胸に飛び込んだ。
普通の人間よりはるかに、高い体温を壬桜は肌で感じながら、ただ志々雄の着流しの胸の辺りを縋るように、握り締めた。
そんな壬桜を志々雄はただ見つめる事もせず、受け止めるだけだった。

「…て」

微かに声を出した壬桜、そのあまりに小さな呟きは、明確に志々雄の耳には届かず、志々雄が自分より小さな壬桜に視線を落とすと、もう一度、

「お願い…志々雄さん…」

向けられた壬桜の顔は、儚く、今にも消えてしまいそうでな程だった。
志々雄は再度小さく舌打ちをすると壬桜を自分が先刻まで座っていたソファーに投げ飛ばした。

壬桜が投げ飛ばされた反動に少し息を詰まらせたが、志々雄は気にする事無く、壬桜を俯せにすると跨ぐようにしてソファーに押さえ付けた。

志々雄は自分の下で小さく震える背中を見ながら、

「恐いなら、軽々しくそんな事言うんじゃねえよ。」

こっちだって我慢してんだ。と笑い言葉をつなげて押さえる力を弱めた。

「じゃあ、志々雄さんの物にしてよ。」

壬桜はまたもや小さな、しかし先ほどに比べ少し怯えを含んだような、声で志々雄にまるで懇願するかのように壬桜ぽつりと言葉を発する。

「口ばっかり達者だな。」

志々雄はため息を吐くと、いきなり壬桜の襟元を掴むと、ぐっと下にひっぱり壬桜の真っ白な背中を露にさせた。

外気の少し冷たい空気を肌に壬桜が感じたのもつかの間、志々雄の熱い指が背中を撫でた直後、もっと熱い熱と刺すような痛みをなぞった指の跡に感じた。

「熱っ…」

思わず声を上げた壬桜の背中を今度は湿った志々雄の舌がゆっくりと這った。

きっと足元の破片で皮膚を斬られたんだ。妙に冷静に考え、いっそこのまま殺してくれればいいのにと壬桜が思っていると、突然、壬桜は顎をつかまれ顔だけ志々雄の方に向かされるような格好になると、まるで貪るような志々雄の唇に口腔を犯された。

その時に広がった鉄の味。
長くも短くもない、しかし痛いほどの接吻。

それが終わると壬桜は志々雄からそっと抱き寄せられると、俺はお前を殺せない。傷付ける事しかできねえよ。と囁かれ、壬桜はただ耐えられず溢れる涙で志々雄の肩を濡らした。

「酷いな志々雄さんは。」

「俺はそういう男だ、壬桜。」

「じゃあ、わがまま1つだけ聞いてください。」

壬桜は、ようやく顔を上げて、志々雄を見る。

「抱いてくれなくても、殺してくれなくてもいいから、ただ死ぬ時だけは貴方の腕の中で死なせてください。」

「−−ああ。」

志々雄が壬桜の後頭部に手をやると、もう一度壬桜は志々雄の肩に頭を預けた。そしてせめてもう少しだけ、このままでいれたらいいのに、と壬桜はそんなことをぼんやり、考えたのだ。




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