るろうに剣心*short*
□月と狼
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「ああ、もうこんな時間か…」
壬桜は時計をみた。針は丑三つ時をとうに回っている。
張や他の警官達は既に帰宅していて、仕事場に残っているのは壬桜だけだった。
「斎藤、もう帰ってるかな…」
壬桜は上司であり、恋人でもある斎藤の事を思った。
彼はここ数日、密偵の仕事のために東京を離れていて、今日の夜、東京に帰る予定なのだ。
そろそろ帰ろう。壬桜は、とりあえず今日やるべきだった書類整理を終わらせ、長屋へと急いだ。
「まだ、帰ってない…」
壬桜が急いで帰ったにもかかわらず、愛しいその人はまだ帰っておらず、家には冷たい月明かりだけが差し込んでいた。
壬桜は落胆したが、すぐに帰って来るだろうと思い、どうせなら疲れた彼を直ぐに労ってやれるように、風呂を涌かした。
張った湯の加減を確かめ浴室からでようとしたとき、玄関の戸が開かれ、斎藤の帰りを壬桜に知らせた。
その音に壬桜は急いで浴室からでて、斎藤のいる玄関に向った。
「斎藤!おかえ…り…?」
違う。
壬桜はなぜだかそう思った。
たしかに、目の前にいるのは壬桜の愛しいその人だが、彼の目が、闇夜に月と共に光っていた。
その瞳は、いつもの壬桜を見つめる、不器用だが優しい琥珀色ではなく、飢えた獣のそれに似ていて、壬桜をまるで、獲物を見るような目で見ていた。
「斎藤?」
声をかけても斎藤は何も答えず、靴を脱ぐと真っ直ぐ壬桜の方へ歩いていく。
「斎藤?どうし…っ!痛っ…!」
斎藤は壬桜の前で止まると、様子のおかしい斎藤を心配していた壬桜を壁に力任せに押しつけた。
急のことで全く対応できなかった壬桜は、斎藤に強い力で押さえ付けられ、訳が分からないまま壁に押し付けられた背中の痛みをただ感じた。
その時気付いた。
斎藤の真っ白な手袋が、紅に汚れているのを。
鼻先を掠める、鉄の香りを。