少女

□ねぇ…覚えてる?
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美里→少女
大輝→弟
均 →父

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少し前に久し振りに祖母に会いに行ってきた。

祖母は認知症を患っているため施設に入っている。

祖母の元に出向く前は母から度々祖母の話を聞いていた。
ふと、母が「この前おばあちゃんが自分よりもうんと歳上の人指差して「あれが美里だ」とか「美里と大輝は私の子だ」とか言ってたわよ」と苦笑していたことを思い出す。
私はまだぴちぴちの中学生な訳で、祖母より年寄りのはずがない。正直、嫌がらせか何かかと腹をたてた。何よりも、私は祖母の子ではないと思いながらも、要するに、私の事なんて忘れてしまったのだろうと思った。

散々世話してあげた母でさえ「転がり込んできた女だ」などと言われ叩かれたりしているし、実の子が誰なのかさえわからない今、まだ名前だけ覚えられてるだけマシなのだろう。
出てくる人の名前はもうすでに他界している人ばかり。年寄りになると昔のことばかり思い出すようになるというが、どうもあれは本当のようだ。

最近母は転がり込んできた若い女から孫にまで昇格したらしいが、母はそんなに若い訳ではない。私はとうとう目も可笑しくなったのかと溜め息を着いた。

前に家で祖母を預かったことがあったが、騒いだり、言うことを聞かなかったり、夜中に家を抜け出して警察沙汰になったりと問題ばかり起こしていた。
そんなこともあり、母は疲れきって無意識に私に当たるようになり、弟はストレスでハゲができ、頻繁に祖母のことで両親は喧嘩することが度々あった。それは離婚までいくんじゃないかと思うほど凄まじく弟は怯え陰で泣き出し、父は携帯真っ二つに折ったこともあった。
そして、それをいつも仲裁したり弟をあやすのが私の日課だった。丁度その頃は中三の夏で、コンクールに向けて毎日厳しい練習が続いている時で、正直私の方が気が狂いそうだった。
私の唯一の癒しの場所が親に禁止された時は流石に私もキレて殺意さえ浮かばせていたが、そこは残りわずかな理性ですんでのところで抑えていた。


そんなこともあり、「死ねばいいのに」と思うほど嫌いだった祖母の元を親の「孫を見たらなにか変わるかも知れない」という考えにより出向いた訳だが、タイミングもよかったらしく機嫌もよく落ち着いた祖母に会うことができた。

久し振りに見た祖母はとても小さく見えた。
近寄り「高校合格したよ」と言うと祖母はとても嬉しそうに笑って「よかったなぁ、おめでとう」と言ってくれた。

それから馬鹿げた話をしながら笑っている祖母を見て嬉しそうに笑う父や祖母の笑顔が、昔の他界した祖父がまだ生きていて祖母も元気だった時の思い出と重なり不覚にも泣きそうになった。


今回祖母が入った施設は広く、母の「せっかくだから廻っておいで」という提案で私と弟は「たんけーん!!」と言いながら施設を廻ることにした。

こうして改めて見ると、とても広く綺麗な場所だ。部屋も普段の家で過ごしているような感覚で過ごせるように工夫されているだけあって一つ一つ部屋の雰囲気が違うことに感心する。住んでる人もいい人ばかりだ。
でも…やはり私はこの場所は嫌いだ。
この場所は外に出られないようにドアに仕掛けが施されてある。だからそう簡単には出れないのだ。それがとても息苦しくて…まるで鳥籠の様だと思った。

たまたま通りすがった人が「今日は雨かい?」と聞いてきた。きっと外に出たいのだろう。私が外の話をするとその人は楽しそうに耳を傾けてくる。
出たくても出られない≠サれはどれ程辛いものか、自由に行き来できる私には分からない。
人間など、施設という箱に入れられてしまえば行動は自ずと限られてくる。そうして、窓から外を眺めながら出たいと静かに願う。それはまるで檻に入れられた囚人のようだった。

そんな新しい発見もあり、嬉しくも悲しい祖母との再会だった。


そして昨日、合格祝いを持ってきた従姉妹の両親が、「今日、おばあちゃんに会ってきて、「均は会いに来たかい?」って聞いたら、「来てないよ」って答えた。やっぱり、時間が経つと忘れちゃうみたいだね」という言葉に私は思わず顔から笑顔が消えた。

「忘れた…?弟に何度も「大きくなったなぁ」と言っていたのに?嬉しそうに笑っていたのに…?」
そんなことを思いながら再び私の耳に流れた言葉は、
「「美里も合格してよかったね」って言ったら、「そうか」って…」
だった。

あんなに嬉しそうに笑って「おめでとう」って言ってくれたのに…?

私は最後まで笑顔が引きっていた。部屋に戻りさっきの言葉を思い返す。

「あの時私に向けられた言葉は…笑顔は全部幻だったのか?いや、違う。あれは確かに私に向けられた言葉だ。笑顔だ」
そんな自問自答をひたすらに繰り返していた。

認知症を患っているため忘れてしまうことは仕方がない。
それに私に向けられた言葉も笑顔も紛れもない本物だ。わかってる…わかってるけど…。


ねぇ、おばあちゃん…覚えてる?
私、よくおばあちゃんとおじいちゃんと家族みんなでますの掴み取りにいったよね。魚釣りや川遊び、恐竜センターなんかは遊びに幾度に必ず行ったよね。
そして帰りに蕎麦屋に行ったね。他にも猪豚コロッケ、鮎の塩焼き、ネギトロ、缶詰に入ったくるみ、畑でとれたじゃがいもで作ったジャガバタなんかは私の大好物でよく食べたよね。
夏は冷凍庫にぎゅうぎゅう詰めになったアイスを探してよく食べたっけ。
他にもよく揺れる橋を渡ったり、たくさんの鯉のぼりを観たり、紅葉を観たり…。ここら辺では見れないようなとこに沢山行ったよね。

ねぇ、おばあちゃん、こんな思い出も…もう忘れちゃったかな?もう思い出せないかな?

ねぇ…、おばあちゃん、あの時見せてくれた笑顔は…幻だったのかな?

ねぇ…、おばあちゃん、

―私のこと、覚えてる…?―

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