沖平部屋
□ありがとう
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麗らかな春の風が、ひんやりとした廊下に心地よい。
「・・・総司」
目を閉じれば、野に咲く菜の花。
「総司」
何処までも続く黄色と、山の緑と
「総司!」
空の蒼と・・・・
「総司っ!聞いてんのかてめぇ!」
「煩いなぁ。何なんですか」
そして目を開ければ、・・・鬼副長。
「何なんですか、じゃねぇよ!」
「人が折角、いい気分に浸ってるのに」
静かに情緒に浸ることも出来やしない。
「だから、俺の部屋の前で浸ってんじゃねぇよ!」
目障りだ!しっし!っと犬でも追い払うみたいな仕草で、土方さんは僕に手を振る。
でも、そんな顔で睨んだって、簡単に動くような僕じゃないんだよね。
「嫌です」
「あ?なんだって?」
「例え土方さんの部屋の前でも、廊下は土方さんのものじゃないでしょう?土方さんに廊下の占有についてどうこう言われる筋合いはないと思うんですけど」
「何だと、てめぇ!だからってここに居るこたぁねぇだろうがよ!寛ぐなら自分の部屋に行け!自分の」
「新八さんたちが騒いでるんですよ」
だからって何でここなんだよ!とまだ煩い彼に、屯所内でここが一番静かだから、と僕は答える。
眉を寄せて僕の言ってることが理解出来ないといった風な表情に、一つ小さく嘆息した。
「隊士が増えたのはいいんですけど」
池田屋以降、急に屯所には新入隊士が増えた。
それは確かに喜ばしい。
「・・・それの何が不満だってんだ」
「煩いんですよ」
「あぁ?」
「何処も彼処も煩すぎる」
端正な顔で僕を睨むその顔を見上げる。
「でもここは静かだ」
クスリとひとつ笑いを零す。
「鬼副長のその顔が怖いんで、誰もここには寄り付かないから」
というわけで僕の憩いのひと時を邪魔しないで貰えますか、と僕はまたごろりと寝転ぶ。
はぁと大げさすぎる溜息と襖が閉まる音が聞こえた。
ごろごろと寝返りを打つ度に冷たい感触が心地良い。
そんな廊下にとたとたと軽い足音が響いた。