勇気を、下さい
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優しく、暖かな光が頬に当たる。
どこから聞こえてくるかわからない、鳥の囀りが耳を通る。
それらは朝を、目覚めを、告げる音。
瞼を抉じ開け、気だるい体を起こし、自分の右手で同じく自分の右頬をーーーー
思いっきり、引っ張った。
「っ!!いてぇ…」
つねった頬が痛かったことに対してオレは落胆する。
よくよく考えれば力加減など考えずにつねりあげたのだから、痛くない、なんてことは有り得ないのだ。
そう、夢でもない限り。
そのくらい、オレにだってわかってる。
わかっているさ…
ズキズキと小さな痛みが後から襲ってくる。
けれどこんな痛みはもう慣れた。
だってこの行為は一週間、欠かさずに毎朝やり続けているのだから。
一週間前。
それは、ルーシィが、ルーシィではなくなった日。
オレはそんな事実を受け止められていない。
「ん…。おは、ナツ…。」
「はよ。」
「オイラよりナツが早く起きるなんて…今日は、槍でも降るのかな?」
「なんでだよ…」
冗談なのか、本気なのかわからない顔をしたハッピーに苦笑を浮かべ、その小さな額を軽く小突く。
そのあと二人で顔を見合わせ笑いあった。
「んじゃ、準備すっか。」
「あいっ!」
朝食はギルドで食べるからいらない。
着替えるだけの準備は一分にも満たないで完了される。
これがルーシィだったら、たかが着替えるだけで…30分はかかるな。
なんでそんなに時間がかかるのかオレにはわからなくて、直接理由をルーシィに尋ねたら"乙女のたしなみ"なのだと怒られた覚えがある。
基本的に待つことは苦手なオレだけど、30分間ギャーギャー騒ぎながら準備を進めるルーシィが面白くて。
その時間だけは待っていることが苦にはならなかった。
「ナツぅ…どうしたの?顔、ニヤケてて気持ち悪い。」
「気持ち悪いって、ひでぇな…」
「なんか良いことでも思い出したの?」
「…そんなんじゃねぇよ。ハッピー、行くぞ。」
「あいさっ!」
緩んでいた、という頬を引き締めて扉を開く。
どんなに良いことでも、楽しかったことでも、願った所でもうあの日々には戻れない。
胸に走った小さな痛みに気づかないフリをして、オレは家を後にした。