短編小説

□想いよ届け
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とろり、とろり。

とろとろ、とろり。

部屋の中が甘い匂いで満ちる。

生クリームと混ざりあったチョコを指で掬い、ひと舐め。

「うん、美味しい!」

口の中で丁度良い甘さと少しの苦みが広がる。

予想してたより随分と上手くいった。

ひとり自画自賛していると、部屋の方からカタリ、と物音がした。

なんだろう、と部屋を覗きこむより先に声が聞こえた。

よく聞きなれた声が。

「あれ、ルーシィいねぇぞ?また風呂か?」

「ナツ、お風呂にルーシィ居なかったよ?」

また不法侵入して、とか、どうして私がいないと、一番にお風呂を確認するのよ、など言いたいことはたくさんあったが、それをすべて飲み込んで不法侵入者達がいる部屋に顔を出した。

やはりそこにいたのは、思い描いていた人物で。

「お、ルーシィ。今日はそっちにいたのか。」

「もう、夜ご飯?オイラ、魚がいいなー!」

「じゃあ、オレは肉ー!」

好き勝手に言い放題な1人と1匹を見て、痛くなる頭を押さえた。

今日は明日の仕込みがあるから大変なのに、これでは満足に準備さえできそうに無い。

「あんたらねぇ…また勝手に不法侵入したでしょ!せめて来るときは一声かけてっていつも言ってるでしょ!もう!」

「一声かけるもなにも、今日ルーシィギルドに来なかったじゃねぇか。なぁ?」

「あい!」

「うっ…」

痛いとこをつかれた。

確かに今日は1日中キッチンで作業をしていたから、ギルドに行く暇もなかった。

だが、今後のことも考えてここで折れる訳にはいかない。

「と、とにかく!今度からはちゃんと事前に教えること!じゃないと問答無用で追い出すからね!」

「えー。めんどくせぇじゃねぇか。」

「なにいってんの、ナツ。ルーシィと一緒に帰ってくればいいんだよ!」

「お、頭良いなハッピー!名案だぞ!」

「あい!」

「結局私の家には来るのね…。」

項垂れた振りをして、にやける口元を隠す。

本当は、来てくれることが嬉しい。

一緒に居てくれることが嬉しい。

でも、どうしても照れくさくてなかなか言うことはできないけれど。

明日は、この思いを、想いを伝えるのだ。

だって明日はーーー

「なぁ、ルーシィ。なんかチョコの匂いすんだけど、チョコ食べてたのか?」

「え、ルーシィずるい!オイラも食べたい!」

ナツとハッピーの言葉に頭をあげる。

そうだった。

今はお菓子作りの最中だった。

あげる相手はもちろん目の前の桜色。

他にギルドの皆にもあげる予定だけど、ナツへのチョコは特別だから…

どうせなら、驚かせてあげたい。

そう思ってからの行動は早かった。

「い、今ね、ちょっと大切な用やってるから!ここにいても良いけど、キッチンには入っちゃダメー!」

キッチンに向かおうとするナツを自らの体を盾にして、進路を塞ぐ。

ナツは怪訝そうな顔をしたけれど、慣れた手つきでお菓子を引っ張り出し、ソファで貪り始めた。

とりあえずナツの関心が他に移ったことで安堵のため息を漏らす。

だけど、相棒の青猫は、ナツより単純じゃなかった。

「ハ、ハッピー!こないだ良いお魚買ったの!良かったら、食べる?!」

「くふくふ。オイラ買収はされないよ!」

緩みきった顔のハッピーに目線で黙っとくように伝えたが、どうもそんな気はないらしい。

「ルーシィも可愛いね。明日バレンタインだからって、手作りのチョコを作ってるなんて。相手はもちろん…」

「わ、わー!わー!わー!」

「むぐ!?むむむむむっ!」

すべてを喋りそうだったハッピーの口を手で塞ぐ。

ちらり、とナツを見れば不機嫌そうな顔をして、こちらを見ていた。

不味い。

本気で、不味い。

もしかしたら、バレたかもしれない!

顔に熱が集まるのを感じて、言い訳しようと考えを巡らせたが、その心配は杞憂に終わった。

「バレンタイン、ってなんだ?」

「…へ?」

ナツの言葉に全身の力が抜けた。

ハッピーも拘束から抜け出して、目を丸くしている。

どうやら、同じ気持ちらしい。

「ナツ、バレンタイン知らないの…? 」

「オイラもビックリだよ…」

「…悪いかよ。 」

口を尖らせ拗ねるナツに、次第と笑いが込み上げてきた。

なんとか噛み殺そうとしたが、押さえきれなかった笑いがこぼれた。

「…帰る。」

「…へ?ちょっと、ナツ!?」

「ナツ!オイラをおいていくのー!?」

言った通りに、窓から身を投げ出し、華麗に着地したであろうナツの姿はもう見えなかった。

ハッピーは文句を言いつつも、帰る気はないらしい。

「ま、明日になれば機嫌も戻るわよね?」

「あい!だからルーシィは美味しいチョコ作らないとね!」

「わ、わかってるわよ!」

「…オイラのもあるよね?」

「もちろん!魚型の型抜き買ったから、それでチョコクッキー焼いてあげるね!」

「えー。オイラ本物が良いー。」

「文句言うなら、あげないからね!」

「オイラ、クッキー大好きです!あい!」

ハッピーとふたり笑い合い、作りかけのチョコを完成させた。

ハッピーや、ギルドの皆にはチョコクッキー。

ナツには、生チョコ。

特別な想いを込めて、作ったもの。

「ナツ、受け取ってくれるかな?」

「大丈夫だよ!ルーシィからの物だもん!」

「…だといいなぁ。ってか、ハッピー泊まるつもり?」

「あい!もちろんです!」

不安半分、緊張半分。

ドキドキしながら、明日を想って眠りについた。

どうか、明日が良い日になりますように…
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