企画

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刺すように冷たい空気を肺いっぱいに吸い込んで、サエはぶるりと体を震わせた。


「うぅ……っ」


凍てつくような風が唸りを上げて吹き抜ける。
雪こそ振っていないが、異様に寒いここは冬島にある小さな港町だ。

普段、人より寒さを苦手とする私が冬島に滞在することは少ない。
ログの関係で仕方なく留まることはあるが、自分から望んで、ということはほとんどない。

そんな私がどうしてこの町にいるのかと言えば、1年と少し前に出会った顔見知りの男とその一行が停泊しているから。という酷く単純な理由である。


「……何だって貴方はそんな平然としてられるのよ」


ぶすり、といじけたようにしてこぼれた呟きは、すぐ右隣を歩く男の耳にしっかりと届いたらしい。
足を止めずに顔だけ振り向かせた男――トラファルガー・ローは、そのひどく整った顔に呆れの色を浮かべてみせた。


「おれからすればお前の方が不思議で仕方ねぇがな」


何だってそんなに寒がるんだ。
そう言いつつ、トレードマークともいえる毛皮飾りのついた鍔をもつ大太刀を肩に担ぎ歩を進める姿は、初めて出会った頃と比べると格段に逞しくなったように思える。

当時のローはまだ海賊として故郷の島を出港さえしていなかった、ただの民間人だった。
と言っても、あの辺り一帯では少し名の通った男だったらしいが、既に懸賞金が1億ベリーを超えていた私からすれば民間人とたいして変わらない。

そのせいで、ローの第一印象は「身の程知らず」とも表現出来るくらいだったが、それも昔の話だ。
今ではローも、立派(?)に懸賞金の掛かった海賊である。


「だって寒いんだもの……」
「いつだか聞いたようなセリフだな」


笑う彼が、暗に“北の海”で出会った時のことを示していると理解して、自然と頬が膨らんでしまう。

確かにローと初めて会ったあの日、私は雪降る中で半ば凍えそうになっていた。
何の気まぐれかローがコートを貸してくれなかったら、風邪のひとつも引いていたかもしれない。

でも、だからといって、わざわざそんなことを掘り返さなくても良いじゃないか。


「……ローは意地が悪い」
「普通に“イジワルだ”とか言えばいいだろ」
「何か“イジワル”だと足りない気がするからね」


寒い寒いと言いつつも変わらないテンポで進む会話の合間に、かじかんだ手に息を吹き掛ける。
この程度ではさしたる意味がないことはわかっているが、何もしないよりマシだろう。
そうしてもう一度、息で手を温めようとしたとき――。


「え…?」


くい、と引っ張られた。
そう認識したときには既に、私の右手はローの左手に掴みとられていた。


「何もねえよりはマシだろ」


グッと握られた手は、私のものよりずっと大きい手に包まれている。
そんなことを言ったら「お前の手が小さいんだ」などと返されてしまうだろうが、誰かと手を繋ぐ機会などない私には、いわゆる“普通”がわからない。

だから、こんなときにどんな反応を返すのが正しいのかも、やっぱりよくわからない。

けれどあのローが、わざわざ寒がる私を気にして――もちろん他に何かあるのかもしれないが――手を繋いでくれたのだ。
ここで甘えないのは、何だか少しもったいない。


「ありがとう、ロー」


言葉とともに、掴まれていただけの右手に僅かに力を込め、握り返す。
その瞬間微かにこわばったローの左手は、しかしすぐに普段の余裕を取り戻したらしい。

きゅうっ…。と握られたその手がゆるく熱を帯びていくのを感じながら、サエは自然と上がる口角を隠すことなく微笑んだ。


繋がれた手の熱が引火するまであと……?


===

あ、あまい…かな?
いや、甘いんです。言い切ります

ローは人前で手を繋ぐとかしなさそうで、それ故、ヒロインへの想いの特別さが現れている……はずなんですが、ヒロインは見事にスルーしましたね
まさか自分がいわゆる“ヒロイン”になれるとは思ってないのでした

拍手からのリクエスト、ありがとうございました
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