long-美食會
□夢見る錬金術士
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厨房にて。
「………」
スタージュンは呼び出し音が鳴るばかりの通信機を無言で見つめている。かれこれ数分はそうしていた。
「ねースタージュン、紅蓮まだ応答がないの?」
痺れを切らしたトミーロッドが訊くも、状況は変わらない。
スタージュンは暫し思案し、口を開く。
「…無理はない。1時間の休憩を言い渡された10分後に呼び出されるとは思わないだろう」
「確かにアイツのことだから寝てそうだけど…」
「困りはしないが…弱ったな…」
「どっちだよ」
2人が困惑するまでには、こんな経緯があった。
紅蓮は今日厨房でスタージュンとトミーロッドのアシストをすることになっており、事実十数分までは2人の傍で必死に働いていた。
ある程度は調理が終わったということもあり2人は紅蓮に自室で休憩していろと指示し、紅蓮もそれに従った。
しかし10分後、今日のデザートのシャーベットを作るのを忘れていることに気付いた。普段はそんな事滅多にないのだが、今日は偶然が重なったのだ。
2人とも紅蓮の低体温を利用して効率をよくしようと考えていた(トミーロッドは紅蓮に氷水をぶっかけて紅蓮を凍らせようと考えていたが、スタージュンに却下された)のに、紅蓮は通信機の連絡に一切応じない。これでは出来上がりが遅くなり予定が狂ってしまう。
「…呼んでくる」
「ア?分かったよ…最悪紅蓮いなくてもなんとなるんだから、早く戻って来なよ?」
「勿論だ」
*
こうしてやって来た、紅蓮の部屋の前。
──コンコン。
「………」
…しーん。返事はない。普段ならすぐに扉を開けるというのに。
「…開けるぞ」
まさか開いていないだろうと思ってドアノブを回すと、扉は開いてしまった。不審に思って1歩部屋へ入ったスタージュンだったがすぐに後悔した。小さなベッドの上で紅蓮は普段着ているメイド服を脱ぎあられもない姿の数歩手前で呑気そうに眠っている。
起こして変な勘違いをされても困るし目のやり場にも困るしととにかく困ったスタージュンはすぐに部屋から出ようとした。しかし聞こえる紅蓮の声に歩みを止める。
「ふふ…お料理作りますよ…ぉ…」
「……紅蓮?」
「…………」
なんだ、寝言か。
トミーロッドを待たせているので寝言に構っている暇など毛頭なかった。しかしゆっくり聞こえるかすかな声に引き寄せられたのか、スタージュンは気がついたら音を立てないようにベッドに腰掛ける。
「材料…は……人参と、じゃがいもと、玉ねぎと…」
カレーでも作る気か。まだ寝言のレシピは続く。
「豚肉と、カレー粉と……ピーマンと…鮭と…」
…?
「そして人参と…人参、で……」
多い多い。
「火に…かけまーす…煮込んで…揚げて…」
もう訳が分からない。
「できましたぁ…ビーフストロガノ…フ…でぇす…」
今のどこにビーフの要素があったのかが気になったスタージュンだが、対象は寝言。突っ込んだりはしなかった。
「お召し上がり下さぁい…スタージュン様ぁ…」
「…………」
どうやら自分は他人の夢の中でも食運が悪いらしい。そう思いながら紅蓮に掛け布団をかけたスタージュンは、誰にも聞こえないようにそっと呟いた。
「錬金術士め…」
夢見る錬金術士
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あとがき