LongNovel

□拍手log
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「ねぇ、ハリー、私怖いのよ」



友人は読んでいた本からその意識を外し、私に向けた。そうして酷く優しい声音で何が怖いの?と
尋ね返してきた。
テントの外からはざぁざぁと雨音、小さなベットの上からは窮屈そうに身体を縮める赤毛の彼の小さな寝息が聞こえた。



「いつか全部、失ってしまうんじゃないかって、怖いの」

「…ハーマイオニー」

「だめね、私、弱虫だわ」



大好きな両親の記憶を自ら奪ったその瞬間、皮肉にも私自身大切なものを奪われてしまうかもって考えて、怖くなった。
大切な家族、大事な仲間、そして、大好きな彼。
みんなのその呼吸がね、みんなの気持ちにかかわらず、確かに続いている今日が、悲しいほど愛おしい。それと同時に、明日もその呼吸はきちんと繰り返されているのか、いたく不安に苛まれるの。まるで私を、なぶる様に。



「僕だって、怖いよ。君たちを失うかもしれないこと」

「ハリー…」

「でもね、この恐怖は僕たちが愛を知っているからこそだよ」



それって素晴らしいことだと思う、と友人は続けた。
相変わらず雨は降り続く、ざぁざぁと、耳障りな音を鳴らして。



「だから僕たちは立ち向かう、だから僕たちは強くなる、愛する人を守るために」



自分が無力だと、自分が弱いと、気付けた君は決して、弱虫なんかではないよと友人は言って、私の頭を撫でた。
涙が止まらなくて手で顔を覆い隠す。
あなたくらい、あなたくらい強ければ、私も自信を持てたのかしら。どうすれば私、彼を守れるのかしら、どうすれば彼の安寧を守ってあげられるのかしら。



「ちょっとハリー、僕の可愛い彼女泣かせないでよ」



沈黙を破った声の主はそう、大好きな青い瞳の男の子。はっとして顔を上げれば、そこには赤毛の彼の、少しだけ不機嫌そうな顔。



「ごめん、ロン。僕…頭、冷やしてくるよ」



傘はないかと友人は私に尋ねた。
鞄の中を捜してと伝えれば、驚くほど優しい表情と声色で、友人はありがとうと言った。呪文で呼び寄せた傘を開いて、友人は雨の中に姿を消した。



「泣かされた…」

「わけじゃないわよ、わかってるでしょう?」

「ん、よかった」



あとでハリーにお礼言わなきゃって彼は言って私をゆるりと抱きしめた。
大きな身体にすっぽりと包まれて、その胸に身体を預ければ、とくとくと彼の中心が規則正しく生きる希望を送り出す音がする。鼓動は私を酷く安心させた。



「ねぇ、ロン、私ね、あなたが大好きよ」

「なっ!!?どうしたの急にっ!」



普段は思っていたって口になんてできない言葉、彼は酷くうろたえて真っ赤にその肌を染めた。私の精一杯の言葉、どうか受け入れてほしい。



「だからね、お願い、必ず生きて」



たとえば、その隣に私がいなくても、それだって構わないから。生きていてほしい。
どうかこの安らかな魂の叫びを、無下にしないで。



「だったら、僕からもお願い」

「・・・なぁ、に?」

「ハーマイオニーも、必ず、生きて」



僕の隣で、彼は最後に小さくそう付け足した。



「それ程、幸せなことってきっと無いわ…」

「それでいいの?君って安上がりだあなぁ」



彼はとてもとても愉快そうに笑う。
あなたは冗談めかしく笑うけど、私、本気よ。
あなたの隣で、あなたと一緒に年を取れたら、私それだけでいいわ。それ以外何もいらない。あなたの呼吸が続くなら、私何にもいらないの。



「あなたは?何が欲しいの?」

「仲間が元気で、君が隣にいてくれたら、それ以外は望まないよ」

「あら、私と大して変わらないじゃない」



本当だ、って彼は笑う。綺麗な赤い髪を揺らして、青い瞳を少しだけ細めて。
雨はもう、静かに止んでいた。






君と一緒に何度雨上がりを見届けられるだろうか
(おかえり、ハリー)
(ん、ハーマイオニーは?)
(大丈夫だよ、今眠ってる)(そっか、よかった)


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