LongNovel
□拍手連載*学パロンハー(仮)
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朝の電車はいつも憂鬱だった。行きたくもない学校にいかなきゃならないってそれだけでも僕を辟易させるのに、さらに僕たちを運ぶ箱の中身はキャパシティオーバー、乗車率120パーセントのすし詰め状態。毎朝ため息と共に乗車してため息と共に下車した。
そうして僕より少し先に駅に到着して歩き始めている友人の後を追う。黒髪の彼は後から僕が追いかけてきていることを知っていたから、いつもよりゆっくりと歩いてくれていた。
「おはよう、ハリー」
「やぁ、ロン。おはよう」
気がついたのはつい最近のこと。気にしだしたのは、もっと最近のこと。毎朝同じ電車に乗る、女の子。
たまに見かける制服だけど、どこの学校かは知らない。彼女はいつもイヤホンで耳を塞いで、どんなに混雑した車内でも単語カードに目を通していた。いつも僕が乗る次の駅で、彼女は乗り込んできて、僕が降りるふたつ前の駅で降りていった。
「ねぇ、ハリー。君に、相談があるんだ」
「なんだよ、改まって。お金なら貸せないよ?僕も今月はキツイんだ」
「ちっがうよ!いや、さぁ、気になる子が居るんだ…」
昼休み、約束したわけではないけど、何故かいつもハリーの席の近くに僕が移動した。ハリーはキチンと机に向かって座り、僕は体を横にして、ハリーの机に肘をついた。いつも、何故かこうなった。
「おっどろいた…君は自分を好きになった女の子しか好きにならないもんだと思っていたよ」
「君さ、僕のことキライなの?」
学食で買ってきたパンの袋をあける。いつも母さんが弁当を持たせてくれたけど、あれだけで満足する胃袋ではない。育ち盛り食べ盛りだ。
ハリーは心底驚いた様子で、サンドイッチの包装を破る。なかなかに失礼な発言をしたけれど、彼本当に僕のことキライなんじゃないの?
「名前も知らないんだ、毎朝、電車が一緒で」
「ふぅん、どこの学校かわかる?」
「たまに見る制服だけど、どこのかは知らない」
「ここらへんで制服ならきっとすぐわかるよ、制服指定なのお金持ちの通う進学校数校だもん」
大抵はウチみたいに私服校だ、ハリーはそう言ってツナサンドにかじりついた。それも毎朝電車にいるなら全寮制じゃないところだ、そんな高校ふたつみっつだよ。ツナサンドを飲み込んで再び口を開いたハリーは言い終わってからコーラをゴクリ、喉がなる。
「近々、うちに泊まりにきてよハリー。そしたら朝、どんな子か見て欲しい」
「勿論だ、君がそんな話をするなんて思わなかった。僕はとても喜ばしい気持ちでいるよ」
「僕君からすごくダメな印象持たれてる気しかしないんだけど…」
瞳が印象的な女の子。いつも単語カードとにらめっこだから、どれだけ見ててもバレやしない。伏し目がちに単語カードを睨むその瞳が、とても印象的で、いつの間にか毎朝彼女の姿を探すようになった。
いつも一人で乗り込むはずの電車に、今日はハリーとふたり。何時もより一人増えた車内、ハリーは驚いたように言った。
「やっぱり上りは混むね、毎朝こんななの?ロン」
「あぁ、全くウンザリだよ」
電車は止まり、扉が開いた。いつものように、あの子が乗り込んでくる。
あぁ、あの子だよ。あの、単語カード睨んでる子。僕はハリーに耳打ちする。ハリーはぐるりと車内に目をやって、彼女を見つけたらしい、一度大きく目を見開いた。
「おい、ロン…あれはとびっきりの進学校だぞ」
「嘘、なんてとこ?」
「君も名前は知ってるはずだよ、ウォルディンガムスクールだ」
知らない訳もない、ハリーの言うとおり、とびきり有名な進学校。この淡い恋心はどうやら始まる前に枯れるらしい。
「ロン、悪いことは言わない…これは諦めるのが得策だと思うな…」
「あぁ、僕もそう思うよハリー」
プシュー、扉が開く。僕らの降りるふたつ前。そう、彼女が降りる駅だ。単語カードに夢中だった彼女は、ハッとして乗り込み始めた人を掻き分けて降りていった。あ、おい!君!近くの男性が彼女の背中に声をかけた。だけど彼女に届くことなく、電車の扉は再び閉まって、またゆっくりと動き出す。ハリーは少し眉根を寄せて何か考えているようだった。
「どうしたんだよ、ハリー」
「ルーピン先生じゃなかった?今の声」
「え?気にしていなかった。でもまさか、そんな」
ひとつ停まり、間も無くふたつ目。僕らもぎゅうぎゅうの車内におさらばする時間が近づいてきていた。