LongNovel

□花、咲くらむ
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この世は苦界にございます。





極彩色ラーゲリー





男は女を金で買い、
女は男を手練手管で虜にさす。

此処の男は皆腑抜け共ばかりさ、
張見世に出る女達に鼻息を荒くするばかり。

馴染みとなれば理性など何処へやら。
女の躯に眼を桃色にするばかり。


「るきあ!花魁がお呼びだよ」

「はい」



江戸、吉原。
松葉屋のるきあ。座敷持成り立て。
姐さんはこの廓の花魁、真咲姐さん。



「おぉ、真咲、新しい座敷持か?」

「へぇ、一心さん」

「るきあ、と申しんす」



この方は真咲姐さんの間夫。
黒崎一心殿。
黒崎殿はお医者様で、
近々、姐さんを身請けされる。



「るきあとは随分変わった名前だな」

「おいらんに名付けて頂きんした」

「真咲がか!?そりゃ可哀相に」

「一心さん!」



真咲姐さんの様に、間夫に請け出して貰える幸福な遊女はほんの一握り。

たいていは、座敷持ちで終わり。
番付に載るような遊女になったとしても、好きでも無い男に請け出される。

遊女の成りの果てなんざこんなものさ。

此処で女って生き物は、
ただの商品にしか過ぎないのさ。




「しけた面してんだな、遊女ってのは」





襖が開いたと思いきや、
眼にも鮮やかな橙の髪をした男が立っていた。



「一護!?なんでてめぇが此処に、失礼だろうが」

「はっ、河野屋の旦那待たせといて何言ってやがる」

「なっ・・・?」

「突然いらしたんだよ、ちょっくら行ってこい。わざわざ呼びにきてやったんだから」



何やら急なお客様らしく、
一心殿は夜見世を一旦後にした。


「るきあ」

「あい」

「そこにいらっしゃるぬしさん、座敷に案内してやりんす」

「わっちのですか?」



花魁は微笑むだけで、答えなかった。
そのまま座敷をあとにする。

今日も廓の座敷を行ったり来たり、お職の花魁は忙しいものだ。



「ぬしさん」

「俺ぁ遊女は結構だぜ、るきあさんよ」

「一心殿が戻るまでです、お付き合いくださいな」



橙の髪を揺らして、男はついてきた。



「立派な部屋じゃねぇか、成り立ての座敷持が」

「そんなもの外見だけ、見かけ倒しに過ぎんせん」



怪訝そうな表情でこちらを窺う橙。
腰を落ち着かせてからこう言ったた。



「見た目立派なこの箪笥とて、肝心の中身は何も入っちゃおりません」

「・・・そういうことは秘密にして、客に見せないのが、遊女の意地なんじゃねぇのか?」

「はっ、ありもしない中身をあるように見せるなんざ、惨めったらしくてわっちは好かねぇよ」

「ほぉ、」

「どうせなら、中身があるのに無い振りするのが、粋と謂うもの」


橙はそれはおおらかに、悪く表現するならば馬鹿みたいに、
大口を開けて笑った。



「ははっ、随分と生意気なこと言ってくれるじゃねぇか。お前、幾つだ?」

「へぇ、数え歳十八でありんす」

「七ツ下か・・・」



橙は急に真面目な面引っ提げて、こちらに向き合った。



「なぁ、るきあさんよ、此処はどんなところだい?」

「女共の檻でありんす」

「何がそんなに気に喰わねぇ、あんた程の器量があれば直ぐに昼三だろう?」

「出世になど興味はありんせん、わっちは此処をはよう出たいだけでありんす」



そう言い終わったあと、座敷の襖が開いた。
真咲姐さんだった。



「ぬしさん、お父様、戻らしました」

「そうか、わざわざすまねぇな」

「いえ、るきあ」



名前を、呼ばれた。
初めて真咲姐さんに貰った名前。



「あい」

「ようおつとめなんし」

「・・・へぇ、」



今此処にいる橙は、いうなれば捕虜。
一心殿がそのまま眼眩まさぬようにするための人質。

そんな橙に対して、



「ようおつとめなんし・・・?」

「どうやら俺は客とされたみてぇだな」

「しかしぬしさん、遊女は結構と・・・」



言ってらしたではありませぬか、と言おうとして、言葉は遮られた。



「てめぇは別だ、るきあ」

「あ、名前・・・」

「いつかお前を此処から出してやる」

「ぬしさ・・・」



眼も眩むほどの橙は、接吻を落とした。





「だから、俺に惚れとけ」





黒崎一護、数え歳二十五だ。
そうとだけ言い残して、橙は座敷をあとにした。



−END−



・・・・・・・・・・・・・・・

花魁 :吉原最高級遊女。

廓  :幕府から認められた公娼    を囲っていた地域、
    吉原内にある各見世のこ    と。

座敷持:私部屋と客を迎える為の    座敷を持つ遊女。

手練 :客の自尊心を擽ったり、手管  やきもちをやかせたり、    巧みな手法で客の心を虜    にする手口。

馴染み:客が通って三会目、花魁    に気に入られると見合い    ・結納・結婚という擬似    夫婦関係が成り立ったと    して馴染みになれる。

張見世:花魁以外の遊女が、見世    に並んで顔見せをする。

間夫 :遊女が本当に思いを寄せ    る男。

身請け:馴染み客が多額の身代金    を払って遊女を引き取る    こと。
・・・・・・・・・・・・・・・

ラーゲリー:捕虜収容所


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