石田軍

□二話
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ここで目が覚めて幾日かたった。
あのあと、ふよふよ浮いていた人…刑部様と共に、この城の主である秀吉様と、その右腕である半兵衛様への謁見を済ませた。
どうやらわたしは戦の時に使えるらしい。
婆娑羅者だとかなんだとか。わたしにはわからないが、刑部様がそう言うのならそうなのだろう。
名目上半兵衛様の部下という形で置かせてもらえることになった。
どういった理由であれ、記憶もなく、ついで金もないわたしからすれば好都合だ。
その際に無いと不便だからと、名前もつけてもらった。
琴。これがわたしの名前。命名は刑部様だ。

そして今は夜。
わたしに当てられた部屋で休んでいたのだが、月明かりで目が覚めてしまった。我ながらなかなか浅い眠りである。
羽織だけ羽織って部屋から出た。
庭に出て見上げた大きな月は遮るものはなく、煌煌と輝いている。
なんだか月が、わたしの無くした"わたし"を取り戻してくれるような気がした。
「何をしているんだ?」
不意に声がして、ゆっくりと首だけを傾ける。
薄い黄色の着流しに、逆立った髪が印象的な、まだ幼い顔立ちの人が廊に立ってこちらを見ていた。
「月を見ているの」
それだけ返して、また月を見上げる。
「そうか。今日は満月だしな」
側で草の踏まれる音がして、ちらりと見てみると、廊下にいた人が隣に立っていた。
わたしと同じくらいの身長か、もしかしたらもっと低いかもしれない。
でも体つきはがっしりとしているのが着流しの上からでもわかった。これを鍛え上げられた体というのだろうか。
「誰?」
「ん?あぁ、まだ名乗っていなかったな!ワシは徳川家康。お前は?」
「…琴」
「琴か、良い名だな」
「…ありがとう。わたし、もう部屋に戻る」
なんとなくくすぐったい感じがして、その場にいられなかった。
多分わたしがここにいる限り、この人もここに居続ける気がしたから、まだ見ていたい気持ちを抑えてそう告げる。
「部屋まで送っていこうか?」
「あなた、何か用事があってここを通ったんでしょ」
「おお、そうだった!厠に行く途中だったんだ」
「じゃあ」
逃げるようにその場を去った。

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