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□拝啓、お父様。
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少女はひとりで、小さく広いお部屋の中にいました。
美しい金色のかみを、むぞうさに後ろに流して、きらりとかがやくエメラルドのようなつぶらなひとみは、手もとの紙をじぃっと見つめています。
「……むぅ…」
少女の愛らしいくちびるから、ためいきのような声が、小さくこぼれます。
少女の左手ににぎられた、いかにも高級そうな万年筆は、まだ幼い彼女にはいささかふつりあいでしょう。
しかし、少女にとって、この万年筆は最初のたからものです。
『メアリー、これあげる』
『なぁに、これ。…万年筆?』
それは、少女……メアリーが、おりの中から飛び出して、すぐ後のことでした。
青い薔薇を持つ青年が、メアリーにプレゼントしてくれたのです。
『…イヴには、かっっわいい、ぬいぐるみ、なのに?』
『…もう、この子は……』
本当は、とても嬉しかったのですが、まだすなおに言えないおとしごろの女の子なメアリーは、つい、気に入らなかったように言ってしまいました。
『アナタには、一つじゃないのよ。これもあげるわ』
そう言って、かれは真新しいノートもくれました。
けれどそれは、某学習帳のようにかわいげのないものではなくて、ピンク色の表紙に、かわいいリボンのもようやうさぎのイラストが描いてありました。
中を見ると、ますめはなく、ぞくに言う大学ノートのような線が、とてもうすいピンク地のノートにはえる、少しだけ色のこいピンクで引かれています。
メアリーは、ひと目で気に入ってしまいました。
『日記でも、絵でも、何でもいいから、書きたいことをここに書きなさい。きっとアナタの為になるわ』
『………』
かれは、さとすような口調でそう言いました。
けれどメアリーは、まだすなおに"ありがとう"を言えません。
だから、かれが帰る時に、そのせなかに向けて、小さく小さく呟きました。
もちろん、かれに聞こえないように。
「む〜…」
こんこん、と筆の柄の先で机をつつきます。
何をかいてもいい、と言われたメアリーは、なんとなく、むかしおせわになったみんなにおてがみをかこうと思いついたのです。
…しかし。
「おてがみって、何から書き出せばいいのかなぁ…」
今まで、メアリーはおてがみを書いたことがありませんでした。
出すあいてもいなかったのだから、しかたありません。
おてがみはびんせんに書くものだ、ということも、とうぜん、知りません。
「イヴ、なんて言ってたっけ……は…、はい………はいすい?」
それは陣です。
「"はいすい、お父様"……変だなぁ」
ビリビリと、まちがえたページはようしゃなく引きちぎります。
メアリーは、じゃまなものがきらいな女の子なのです。
「はい…はい……はい、えい?」
それは背泳ぎです。
ビリっ
「はい……かろりー?」
それは乙女の宿敵です。
ビリっ
「…うーん。はい…か、き、…く?」
あと少し、ちょっと近づいてきました。
「はい…け……!"はいけー"!そうだ、"はいけー"だ!」
メアリーはうれしそうに、ページの上の方に書きはじめました。
「は、い、けー、お、父……様、」
簡単な漢字なら、メアリーにだって書けました。
向こうでも、日記をつけることはあったからです。
それからメアリーは、おどろくほどはやくにおてがみを書きおえてしまいました。
メアリーには、文字を書くことなんておちゃのこさいさいなのです。
「できたー!」
メアリーは、ぱたんのノートをとじて、カギをかけられる引き出しの中に、そっとノートをしまいました。
「いつでも読んでいいからね」
そう言って、メアリーはカギを回しました。
かちゃり、と、小さく音がして、カギはしまりました。
「ギャリーと、イヴには、内緒、だよ?」
くすくすと笑って、少女はお部屋から出て行きました。
カギは、つくえの上におきっぱなしです。
メアリー あいかわらず だね
すこし あんしん したよ
*
広くて小さい、わたしのものだったお部屋の夢を、見た。
せっかくだからと、わたしが書いたのは、みんなへのメッセージ。
わたしを出してくれて、ありがとう。
目が覚めて、思わずなみだがでたけれど、ふしぎと悲しくはないんだ。
だって…
わたしは、もう、ひとりじゃない、から。