通勤電車の中で潰される毎日。
必死になって貯めてる金は使う宛もない。将来の為だとか、老後の為とか。
つまんねぇ…
吊り革にぶら下がり、徐々に完成していく電波塔を眺める。
デートとかには打ってつけだけど、今は一緒に行きたい人もいない。
高校生の時は恋が楽しかった。皆と遊んで、嫌な勉強も、試験も全て喜びに変換出来た。
大学には行かずに就職したのは親代わりの伯父夫婦を少しでも楽にしたかったから。
一人暮らしも最初は楽しかったが、同じ毎日の繰り返しに次第と飽きが生じた。
時折友達が遊びに来てくれるが、翌日の仕事を考えると自制心が働いてしまう。
のしかかる責任感。
社会人と言う鎖。
幼い頃に憧れていた大人の何とつまらないこと。
「あー…」
フローリングの上で大の字になって寝転がる。
ケータイがポケットの中で震えていた。
暫く振動しているから着信だとわかり確認をする。
着信中
さっちん☆
ディスプレイに表示されている文字は高校時代の悪友の名前。
「もしもし…?」
『あー慶ちゃん良かった!』
「何なに?どした?」
『いや、実はお願いがあってさ〜』
「恋の話しかい?」
恋愛話なんて久しぶりだ。期待に胸を膨らませて返答を待つと、暫く受話器越しにボソボソと何か話し声。
「あれ、佐助〜?」
『ハイハイ!今さ、慶ちゃん家着いた!開けてあけて!』
「は?突然じゃない?!」
『いいっしょ〜!俺様と慶ちゃんの仲じゃないか!』
「しょうがないな〜」
何だかんだ言いつつ、友人の訪問は嬉しい。素早くチェーンを解除して扉を開ける、と。
「あ、れ…?」
「さすけが、あとはよろしくね、ともうしておりました!」
「うん?」
扉の外には自分の足ほどしか大きさの無い子供。ピョンピョン跳ねている。
「…君は?」
「さなだゆきむらでござる!」
元気に答えるゆきむらは、赤いプリントTシャツに白いハーパン、赤い靴を履いている。
背中に虎のヌイグルミリュックを背負っていて、可愛らしい顔立ちだが、恐らく男の子。
慶次はしゃがみむと、ゆきむらと視線の位置を合わせた。
「へぇ、ゆきむら君か。佐助は?」
「さすけはだいじ、な、ようじがあると!」
「そっかあ〜…ゆきむら君のお家は?」
「ここ!」
ゆきむらは慶次の顔を指差した。
「ここはお兄さんのお部屋なんだけどな?」
「しっております!けいじどの!」
「ゆきむら君のおうちは…」
「ほんじつから、けいじどののおうちが、それがしの、おうちだとききました!」
「んう?」
慶次はリダイヤルで素早く佐助の番号を呼び出し、通話ボタンを押した。が、
『この電話は電源が入っていないか、電波の届かない所にある為――』
慶次は核心した。これは悪戯だ。
佐助や数人の友人達がグルで、何処からかこの様子を観察しているに違いない。
――やってやろうじゃん!
慶次が佐助宛にメールを作成始めると、
「けいじどの…」
ゆきむらがその場に座り込む。
「あぁ、ごめんな?」
そう言えば一瞬忘れていた。慌てて髪を撫でてやると、ゆきむらは苦しそうに顔を歪めて慶次を見上げる。
「おなかいたいです…」
「えっ、大丈夫かい?!」
小さな身体を抱き上げて部屋に上げる。
赤い靴を脱がせ、玄関にきちんと並べて置く。
この瞬間から、二人の奇妙な共同生活は始まった
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