「真田も行かない?」
「たまにはさ、外食もいいと思うぜ?!」
「いや、俺は帰るよ」

部活仲間からの誘いを断り、足早に校門を潜る。
思っていた以上に遅くなってしまった。

「メール…」

バス停に着いてからケータイを取り出し開く。新着メールの中に、慶次からの物を見付けて早速目を通す。と、

「また、アイツか…」
「三成殿!」

背後から伸びてきた手に、ケータイを奪われる。振り返ると、不機嫌そうに眉間の皺を寄せる石田三成の姿。

「貴様も、いい加減離れた方が良いじゃないか?」
「それは…」

高校に上がり、何度も口酸っぱく言われていることだ。
その度幸村は返事が出来ず考え込んでしまう。

「バスが来たぞ」

三成に手を引かれてバスに乗り込む。
胸の奥がグルグルして気持ち悪い。

―慶次殿ッ…


早く、彼の笑顔を見たかった。



*****



三成と別れ、幸村はスーパーへと立ち寄った。今日は冷し中華にしようと、野菜や冷し中華の麺を籠に入れていく。
飲み物に慶次のビールと、幸村用のウーロン茶を買う。
生活費用にと分けている財布から代金を渡し、エコバックに詰めていく。

「あ、」

手元からリンゴが落ちて行った。
今日のおやつにしようと思っていたそれは、少しの高さから落ち、割れてしまう。

ぼぅっとしていたのが悪いんだ。
幸村は駆けよってきてくれた店員に礼を述べ、そのままリンゴをエコバックの中に突っ込む。

店の外に出ると陽がすっかり傾いており、ケータイを開いても受信メールは来ていない。
一組の親子連れが目の前を通り過ぎていく。

母親に手を引かれた少女が、片手にアイスクリームを持って笑っている。きっと母親に買ってもらったのだろう。

『遠慮するなって、もっと甘えていいんだからな?』

慶次の声がリフレインする。
どうにも今日は寂しくなってしまう。
自分の女々しさを振り払うように、幸村は駆けだした。

両親の記憶はほとんどない。
慶次に出会う前の自分はどこか虚ろで、はっきりとした意志があったのかも不安だ。

初めて出会った日。慶次が抱き上げて、家に入れてくれたあの瞬間、今の自分は産まれた。

優しくて、大きな腕に抱き上げられて。一緒にご飯を食べて、お風呂にも入って。
一緒に寝て、笑って、怒って、泣いて。

どうしようもない不安に駆られる。
早くあの家に帰りたい。帰って、慶次の帰りを待って、リンゴを落としてしまったことを話すんだ。


マンションの階段を駆け上がり、震える手で鍵を差し込む。
暗い室内の電気を全て点け、そのままリビングのソファーに倒れ込む。

チクタク刻まれていく時計の針、何もしたくなくて、クッションを抱きしめて蹲る。



早く帰ってきて「どうしたの?」って髪を撫でてもらいたい。


気付かなかった。ケータイのメールが届いていることに。慶次からの、大事なメールだったのに、気付けずそのまま眠ってしまった。






割れたリンゴからは甘い汁が零れ続けている






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