タクミくん(long story)

□Lovin'you〈プロポーズ〉(ギイ×託生)
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ぼくはいま、機上にいる。

普段の生活圏であるNYから故郷の日本へと向かう機内、隣の席は……空席だ。

一緒に向かうはずだった恋人、ギイは日本に発つ前日、提携先でのトラブル収拾のために急遽行かなければならなくなったのだ。

「託生、悪い……っ!明日一緒に行けなくなった……。一緒には行けないけど速攻で終わらせて向かうから先行っててくれ……」

ぼくの目の前でパンっと手を合わせたギイはそう言って頭を下げた。

「そっか、残念だけど仕方ないよ、仕事だものね……先行ってるから……」

後ろ髪を引かれるようにぼくを振り返り出かけていくギイをぼくは笑顔で見送った。

本音を晒せば、もちろん一緒に行きたかった……
今回の日本行きは、ぼくたちの母校である祠堂学院からの招待だったから。

「……ギイ、ほんとに間に合うのかな……?」

小さく呟いたぼくの声は誰に届くでもなく消えた……


ぼくたちが祠堂を卒業して、早15年が過ぎた。
紆余曲折を経て、NYでギイと生活を共にするようになって数年が経つ。

きっかけは祠堂での恩師、当時生活指導だった島田先生から連絡をいただいたことだった。
ぼくがバイオリニストとして観客を呼べるようになってまだ日が浅い。NYでは何度かコンサートを催しもしたが、日本では初めてで本当にぼくなんかでいいのかと先生に念押ししたけれど「葉山君でなければ……」というありがたいお誘いとギイの後押しで決まった。

正式に学院から連絡をいただけたのが3か月前。それからスケジュール調整だとかなんとかで慌ただしく日々を過ごし、あっという間に今日という日がやってきた。

久しぶりの日本だということで幾分ゆったり目に調整された予定のおかげで結構ゆっくりできそうで、ぼくは緊張もあったけど楽しみにしていた。

そんなこんなで、久しぶりに降り立つ日本の地。
愛器とスーツケースを手に空港を出、ひとまず実家へ顔を出そうと静岡駅経由の高速バス乗り場へと足を向けた。

バスに揺られ静岡駅、そして実家の最寄駅にたどり着く。

実家では母が出迎えてくれたが、相変わらずのよそよそしい態度に早々と辞することにした。

「コンサートは明日かぁ、それまでどうしよう……?ギイがいてくれたらなぁ……」

今頃、遠くNYの空の下にいるだろうギイに想いを馳せると新幹線に乗り、都心に向かう。



東京駅のホームに降り立ったぼくは、ギイに渡されたメモを頼りに宿泊先のホテルに向かうことにした。

メモには八重洲北口から徒歩二分とある。

とりあえずそちらの方向に向かったもののホテルの場所が分からず、困って立ち往生しているとふいに声をかけられた。

「もしかして、バイオリニストの葉山託生さんじゃ……?」

「え……?あ、はい……」

「やっぱり……!」

見知らぬその人は「ファンなんです」と微笑んで握手を求めてきた。
ぼくははにかみながらも快く握手に応じた。

「応援してますね」

そう言って立ち去ろうとしたその人にぼくは恥を忍んで道をたずねた。

「すみません、お時間取らせて申し訳ありませんがこのホテルを探しているんですが……」

「あぁ、ここならその道を曲がって……」

「ありがとうございます。助かりました」

「いえいえ、このホテル入口が解りにくいんですよね……」

その人は微笑んで去って行った。

ぼくは教えられた通りに歩き、ようやく見つけた入口から中に入り、フロントに進む。

「すみません、予約している葉山ですが……」

「いらっしゃいませ。少々お待ち下さいませ……」

コンシェルジュの丁寧な対応を受け、しばらく待つと奥から別の男性が姿を見せ、挨拶をされた。

「当ホテルの支配人をしております、堺と申します。本日はようこそお越し下さいました。お時間の許す限り、ごゆっくりとおすごしくださいませ……」

挨拶のあと、部屋に案内される。

ドアを開けてもらい、室内に一歩足を踏み入れたぼくは想像より広い空間に息をのんで立ち尽くした。

支配人が「お荷物はそちらに運んでございます」と一礼し立ち去ったあと、ぼくは窓に近寄ると景色を眺めた。
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