タクミくん(short story)
□今日はなんの日?(ギイ×託生)
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いつものように温室でバイオリンの練習をした後、寮へと戻ってきた。
「うわ……もうこんな時間だ……」
弾くのに夢中になってしまい、気付けば日はとっくに落ち、薄闇が広がっていた。
ぼくは慌ててバイオリンの手入れを済ませると、温室を後にした。
寮の玄関で靴箱を開けるとひらりと何かが舞い落ちた。
「……?なんだろ?」
ぼくはしゃがみ込むとそれを手にとった。
再び立ち上がったその時、フワリと香るぼくの大好きな香り……
「あ……これ」
ギイからだ、と言おうとして咄嗟に口を閉じた。
こんな場所でギイの名前を出せば、誰かに聞かれてしまうかもしれない……
慌てて辺りを見たけれど、誰もぼくを注視している人はいなかった。
ぼくはホッとして、再びその封筒をみた。
なんの変哲もない真っ白な封筒。
でもギイからなのは間違いようもない。
とにかく、いまここで開く訳にはいかないし、夕食も食べなきゃならないし、一旦バイオリンを置きに行ってこようと封筒をポケットに滑らせると踵を返した。
自室に戻ると三洲は居らず、バイオリンを定位置のクローゼットに仕舞ったぼくはさっきの封筒を取り出した。
そっと開くと、それはギイからのラブレターだった。
ギイが愛用している万年筆の流麗な文字でぼくへの気持ちが綴られていた。
そして、最後に追伸として「今夜、待ってる」と。
「ギイ……」
小さく呟いたぼくはそれを元通りにする。
ギイからのラブレターを離したくなくてまたポケットに戻したぼくはとりあえず夕食を済ませてしまおうと学食に向かった。
夕食のトレイを受け取り、席を探してキョロキョロしていると「葉山、こっち」と呼ばれ、そちらを見れば、章三がぼくにむかって手招くのが見えた。
すたすたとそちらに近寄ると、ギイが向かいに座っていた。
「託生、遅かったんだな」と声を掛けられる。
「あ、うん。つい、夢中になっちゃって……」
そう告げたぼくにギイがさりげなく目配せする。
それに気付いたぼくはさっき封筒を入れたポケットを軽く撫でた。
するとギイはふわりと微笑んだ。
ぼくが食べ始めると、ギイは「お先に……」と立ち上がった。
「ギイ、もう行くのか?」
章三の問いかけに「あぁ。じゃあな……」とだけ返し、去っていく。
そのあとを一年生と思われる数人が追いかけていくのが目の端に映った。
「赤池くんはいいのかい?」
すでに食べ終わっている章三のトレイを横目に訊ねると、「頼まれたからな」と湯のみに手を伸ばした。
「すみません、お世話になってます」
ぼくがペコリと会釈すると
「どういたしまして」と章三に返され、二人して笑いあった。
夕食を終えたぼくが結局、最後まで付き合ってくれた章三と別れて部屋に戻ると、三洲が帰っていた。
「葉山、おかえり」
「ただいま」
三洲は机に向かい、時折さらさらとペンを走らせていた。
「三洲くん、先にお風呂もらっちゃっていいかい?」
「あぁ、かまわないよ」
ぼくの問いかけに振り向いた三洲はあっさりうなづき、また机に向き直った。
ギイからの手紙を机の中にしまおうとポケットから取り出した時、隣にいた三洲から話しかけられた。
「それ、なんなんだ?」
「え、ぁ……なんでもないよ」
ギイとのことが三洲には知られてるんだから正直に言っても良かったけど、なんだか気恥ずかしくて思わず誤魔化した。
「ふぅん……えらく大事そうにしてるってことは、なるほどね……」
なにがなるほどなのか、一人納得した三洲はまた机に向き直るとペンを動かし出した。
「…………」
なにも言えないまま立ち尽くしていたぼくに三洲が手を止めないままふと告げる。
「どうでもいいけど葉山、早く風呂入ってきたら?今夜は上だろ?」
「……っ、な、なんで……?」
何気なく言われた一言にぼくは驚いた。
「なんでもなにも……違うのか?」
「いや……そ、うなんだけど……」
「じゃあ早く行ってくれば?」
三洲はちらりとバスルームに視線を向けた。
「う、ん……」
ぼくはそそくさと着替えを準備するとバスルームのドアを開けた。
お風呂を済ませ、点呼もおえたぼくは消灯まで本でも読んでようとベッドにいた。
三洲は「シャワー浴びてくる」と言って着替えを手にバスルームに入りかけてこちらを振り返った。
「消灯したら行くんだろ?出る時は鍵持っていけよ。明日は日曜だしどうせ泊まりだろうけど、俺も出てるから」
言うだけ言うと三洲はパタリとドアを閉めた。
そうこうしているうちに消灯時間が過ぎ、数分してぼくはドアを開けてそっと廊下に滑り出た。
なるべく足音をたてないように気を付けながら階段を登る。
3階の0番の前に立つと小さくノックした。
ドアが開き、腕をひかれたかと思うと、甘い花の香りと長い腕に包み込まれた。
「託生……」
耳元に囁かれ、ふるりと震えた。
「ギイ?」
「なんだ?」
「なんで手紙、だったんだい?」
そう尋ねるとさらにギュッと抱きしめられ、ギイは言葉を紡ぐ。
「あぁ、それな……託生、今日なんの日か知ってるか?」
「ううん……」
「今日は恋文の日……なんだよ」
「そうなのかい?だから……あ、そっか、それでなるほどだったんだ……」
ぼくはさっきの三洲の台詞に一人納得していた。
「託生?なんの話だ?」
ギイがぼくをくるりと振り向かせ、訝しげに覗き込んできた。
「あ、ごめんね。さっきさ、三洲くんに言われたんだ。これ、引き出しにしまおうとしたら、それなんだ?って」
ぼくはポケットに入れてきたギイからの手紙を取り出した。
「それで?」
ギイはぼくをソファに座らせつつ、先を促した。
「なんでもない、って言ったら、なるほどねって言われたんだ。で今夜、ギイのとこ行くんだろ……って」
「へぇ……」
「三洲くんも今日がなんの日か知ってたからそう言ったんだなぁって思ったんだよ」
ギイの相槌にぼくはそう答えた。
「そうだギイ?」
「ん?」
隣に寄り添うように座るギイに向き直る。
「ありがとう、見つけた時すごく嬉しかった」
「そうか、喜んでもらえたならよかったよ」
笑顔でお礼を言ったぼくにギイも微笑み返してくれる。
「なぁ、託生?今日ってさ、もう一つ記念日あるんだぜ?まぁもうすぐ日付変わっちまうけどさ……」
「へぇー。前から思ってたけどギイって博識だよね」
ぼくは感心してギイを見つめた。
ギイはそんなぼくを見つめ返し、すっと口唇をぼくの耳元に寄せる。
「今日さ、キスの日なんだぜ。だからさ、託生からキスしてくれよ」
と囁くように言った。
「え……っ」
その言葉に動揺を露にしたぼくをギイはゆっくりと押し倒した……
→あとがき