タクミくん(long story)

□月下の誓い(ギイ×託生)※
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「あ、れ……?夢だったんだ……そんなに前じゃないのに懐かしい……」

そう呟き、託生はパチリと目を開いた。

「……え……?あれ?ぼくどうしたんだっけ?」

託生は見覚えのない天井を見上げたまま小首を傾げた。
視界に映る色は白。
いつだったか子どもの頃に絵本で見たような気がする天蓋付きのベッドに寝かされていた。
半透明の薄いカーテンの向こうにうっすらと部屋が透けてみえる。
身体を覆う布地は肌触りよくサラサラだった。
託生は記憶を手繰り寄せ、昨夜のことを思い出そうとした──


昨夜、町外れの酒場で今後の旅費を稼ぐために演奏させてもらったのを思い出す。
気のいい主人に何曲かリクエストに応えつつ弾かせてもらったあと、食事までご馳走になり店を出て宿に戻ろうと、横道に入った。

「……そうだ!そこで、ぼく……っ!」

後ろから何か布のようなもので口を塞がれた。薬品が染み込ませてあったのか、そのまま気が遠くなったのだ。
意識を失う直前、目に写り込んだのはすごく綺麗な琥珀色の瞳……?

そこまで思い出した託生はバッと身体を起こした。
勢いで身体を覆っていた布地が滑り落ち、違和感に自分の身体を見下ろした。

「な、んで?ぼく、服……」

自分では脱いだ覚えもないのに何も身につけておらず、託生はキョロキョロと辺りを見回す。だが服らしきものは見当たらず途方に暮れた。

「……だいたい、ここはどこなんだろ……?」

(なにか薬?を嗅がされたのは思い出したけれど、なんでぼくなんか……)
「あっ!バイオリン……!」

貴重品と言えばそれしか思いつかず、口に出したものの、それらしきものは室内に見当たらなくて焦りを滲ませた。

「もしかして、落とした?」

託生は、記憶を手繰寄せようとするが、まったく思い出せず途方にくれる……

「ウソだよね……?」

血の気がひき、青ざめて呆然となるが、とりあえずじっとしていてもバイオリンが見つかるわけじゃない。なにもわからない以上、動いてみようと服の代わりにシーツを身体に巻き付けてカーテンの袷わせ目から床にそっと足を降ろす。ふかふかの毛足の長い絨毯が引かれている上をそろりと一歩踏み出した。

室内はすごく広々としていた。
テレビでしか見たことないような豪華な調度品の数々……。
かといって華美な装飾がされているわけではなく、品よく纏めてある。

「あ……ドアがある……」

託生はドアまで行くとノブを回した。
ガチャンと抵抗を感じる。

「……鍵がかかってる……なら、窓だ……」

身を翻し、窓に向かう。
今度は抵抗なく、スッと扉が開く。
ルーフバルコニーのようだ。

外に出て、託生は唖然として目を見開き、その肌寒さにか捉えようのない恐怖にかぞくっとした。

並々と水を湛えたプールが月明かりを反射し、敷地を囲むように塀がある。
その外側に広がるのは砂の丘陵地、平たく言えば砂漠。はるか彼方に地平線が──

「…………っ!?」

(ちょ、ちょっと待って……っ!)

「ここ、どこ──?」

1人慌てふためいていると、背後からノックの音が響いた。
ビクッとなり、硬直しているとガチャリとドアが開き、人が入ってくる。
この国独特のゆったりとした白い衣装に身を包んだ青年が三人、室内へと入ってくる。

「お目覚めですか?」

なかの1人から声がかかる。流暢な英語だった。

「え……あ、はい……」

託生があたふたとしながら返事を返すと、つかつかと近寄って来られる。

「ご気分はいかがでございますか?」
「あ……いえ、特には……」
「そうでございますか……では少し失礼致します」

そう言った男性は医者がするように託生の状態を観察すると小さく頷き、背後の男性に何事かを告げた。

「こちらへどうぞ……」

もう一人の男性にそう言われたかと思うと腕をとられ、部屋から連れ出される。

「……っ!ちょ、あの……、ど、どこへ?」

それに対する答えをもらえぬまま、いくつかあるドアのうちのひとつに連れ込まれる。
そこは浴室だった。
それもとんでもなく豪華な……

一面ガラス張り、壁床は大理石、中央にある大きな円形のジャグジーには獅子を模した彫像の口から滔々とお湯が流れ落ちている。なみなみと張られた湯面に色とりどりの薔薇の花が浮かべられていた。

「……すごい……っ!」

あまりの豪華さに呆然としていると、身に巻き付けていたシーツをひらり、と剥がされた。

「……っ!な、なにするんですか!」

託生は慌ててしゃがみこんだ。
いくら浴室といえど、他人の前で全裸でいられるほど自信家ではない。
なにより、羞恥心がある。

「お手伝い致します」

その淡々とした口調に毒気を抜かれたものの恥ずかしさが消える訳もない。

「大丈夫ですから……っ」

そう言ってなんとか彼らを追い出すと、改めて浴室内を見渡した。

「ほんと、すごいや……このお風呂だけでぼくの住んでた部屋幾つ分なんだろ……?」

託生はこんこんとお湯が溢れ出しているジャグジーに入ると、そばにあった花弁を両手で掬う。

「いい香り……」

薔薇の馨しい香りが辺りに充満し、贅沢すぎる空間に現実味も薄い。

「気持ちいい……」

手足を伸ばしてお風呂に浸かれるなんて考えもしていなかった託生はさっきまでの憂いも忘れ、思わずうーん、と伸びをした。
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