novel

□逆風強者(小次郎)
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「最強の剣に屠られるとあらば本望。・・・とどめを」


見下げる目線の先の男の余命は風前の灯火。

俺が握っている。

俺の手によって人生の終焉を迎えたいと言う。


ただの剣の錆になるだけだ。誇れる事など何一つ有りはしない。


「最期に言い残す事は?」

「無い」

「・・・潔い」


重力に任せた刀身は音も立てず、肉を削ぎ裂きながら滑り込む。反発するその振動だけを俺の手に伝えながら。



こうして何人、数多の命を踏み付けて、此処まで登って来たのだろう。

ただ強く成りたくて、無我夢中で掴んだ。強く在りさえすれば、何も失わずに済むと頑なに信じて。

だがその為に、失くしたものの方が多かった。


そうして登り詰めた頂から臨む眼下は、然程良い眺めでは無かった。
寧ろ延々続いていく血生臭い此岸、此処を目指して奪い合って。


欲しいならくれてやるさ。この俺の命ごと。


引き摺り降ろしてみろ、

・・・此処まで来れるものならな。





まだ年若かった俺は文字通り死に物狂いで独り、今日まで生き延びてきた。
女と見紛う容姿の為に蹂躙されることもあれば、時には自分を殺して人を殺めることさえ、してきた。


強さを得れば得る程、真に求めたものは遠退いて行く。
安穏とした暮らしと居場所。

今の俺には到底辿り着けない。



誰が笑って誰が泣いても、気にも留めない冷めた世間で、
誰を恨んで誰を呪って、どうして自分を正当化して。




あの日、突然、独りになった俺に残った道は・・・

あまりに残酷だった。



親代わりであり唯一の居場所だった俺の剣の師匠は、俺を庇って死んだ。

抜け忍だった師匠は忍の掟に基づき、元の仲間に粛清されたのだ。


俺は何も出来ずにその現場に立ち竦んで居た。

目の前で繰り広げられる死闘を、俺はただ茫然と見ていたのだ。
自分の剣を抜く事すら出来ず・・・。






何故生かした?師匠も彼奴も。







ーーーーーー




血溜まりの地べたに沈むように膝を着いている。無傷でありながらも立ち上がる事すらままならない。


敬愛する人の死を目の前に、同時に道標も失った。

こんな無惨な現場に長くいれば、自然と自己防衛の本能が働くものだ。心が麻痺して、芯から冷えていくのが分かる。

声も涙も最早枯れ果てた。


「・・・殺せよ。」

忍には不釣り合いな程に明るい髪色をしたそいつに、俺は乞うた。
俺とそう年端の変わらない若人だった。
だがしかしこの齢で、俺とそいつの違いは歴然。幼くして既に、見なくていい物を嫌という程に見てきた、そんな目をしていた。


「・・・俺は戦闘要員じゃない。今回の俺の任務は、見届けるだけの連絡係だ。」

「見逃すだと・・・?要らぬ情けだ・・・」

呼吸が乱れる。気を抜くと意識が飛びそうだ。
尋常じゃない、こんな状況。
夢であって欲しい。



そう、これは悪い夢だ。

うなされて師匠に小突かれ目が覚めたら、いつも通りの朝だ。

それからいつも通り朝餉を済ませて、いつも通り稽古をつけてもらう。

それから今日こそは、秘伝の技を教えてもらわないとな。

それから、




それから・・・・・・








「――殺してくれよ・・・頼む・・・」

「・・・。」


俺はひとりで、ここから這い出なきゃならないのか。

それならばいっそ・・・


師匠愛用の刀を拾い上げ、もはや誰のものか判らない程に滑る紅に染められた刃を、自らの首に押し当てる。

目を閉じ、力を込めて刀を引こうとしたその瞬間に、それより強い力に阻まれた。
眼前に立ちはだかり刃を握るその男の素手から、新しく赤い筋が流れ落ちる。

「・・・死ぬのは簡単だ。だけど、それでいいの?」



――ソレデイイノ?――



いい訳が無い。

悔しくて情けなくて、悲しくて寂しくて、ただそれらの負の感情から逃げ出したくて、
楽な道を選ぼうとしているだけだ。


だがお前に何が分かる。


「あんたが今、自分で消そうとしてる命は、そこに居るあんたの師が守った命なんじゃないの。」


もう二度と起きる事の無い変わり果てた姿を・・・、
見慣れた大きな背中のその姿を、自分の意識の外で両の眼がしっかと焼き付ける。


暗く閉ざされた瞳の奥底に、何かが揺らめく。


・・・分かってる、分かってるんだよそんな事は・・・っ


「・・・う・・・ああぁ・・・っ」

止まった筈の涙がまた溢れてくる。




・・・師匠。

俺、あんたからもっと学びたかったよ。











泣き明かし気が付けば日が昇り始めていた。

あの忍の男は、いつの間にか姿を消していた。






ーーーーーー


俺が生かされた意味は?
それだけの価値が果たして俺にあるのか?


それは未だに答えが出ない。


しかし、俺は生きている。

弱さをひた隠しにした強さを携えて、
今も殺戮演目の舞台に舞う。

其処しか居場所が無い。演じるは無敗の強者。



剣を振るうのは嫌いでは無い。

鍛練を積めば積むほど、実力を感じる事が出来る。
それに師匠と俺を繋いでいるのは、最早これだけだ。



人を斬る事は好きでは無い。

いくら自分が生き延びる為とは言え、その度、心が翳る。
人の命を絶つ瞬間に、人としての己も死んでいく。

自分自身を蝕んでいるのは、自分自身。






「――・・・。」

不意に背後から視線を感じ、立ち止まる。

「・・・佐々木小次郎殿とお見受けする。」
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