novel

□逆風強者(小次郎)
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・・・またか。


何処から居場所を嗅ぎ付けてくるのか、毎日毎日こうして、『最強』の称号を求める輩が沸いて出る。

「如何にも・・・俺が佐々木小次郎だが――」

言い終える前に、斬り掛かってくる体躯の良い男。六尺は優に越えている。
図体の割りに動きはそこそこだが、捉え切れない程俊敏でも無さそうだ。

抜刀せず、素早くそれを躱す。


「不躾な奴だ。名乗りも上げず唐突に」

「・・・これは失敬。噂に違わぬ美男子だったもので」


「・・・ふん。」

どいつもこいつも甘く見やがって。
その甘さが命取りに成るとも知らずにな。

「某は宮本武蔵。・・・貴殿の御命、頂戴仕る」


――いや、もう一人、居る。

目の前の男の他に、僅かだが気配を感じる。

・・・まあ、いいさ。
何人掛かりでも結構。


「・・・取れるものなら。」

剣を抜き、静かに構える。


「参る」

男は荒ぶる闘志をその目に宿し、余程待ち望んだと見えるこの情況に、嬉々とした笑みさえ浮かべる。


対峙するその間に、悠久とも刹那とも付かぬ時間が流れる。


これから、どちらかの命が散るのだ。

空気が張り詰める。


先に沈黙を破ったのは向こうだった。

猛声と共に襲いくる力に任せた一太刀。


遅い。見えぬ訳が無い。

しかし、これを真正面から受ければ、此方の体勢が崩される。

角度を変えてその太刀を往なし、返す刀で相手に一太刀浴びせる。

「!」

避けられるものか。
俺の野太刀、備前長船長光はその辺の鈍刀とは違う。


だが、手応え相応の傷を相手に与えきれてはいなかった。


・・・掠めたか。



「・・・流石・・・これが、無敵の剣豪の速度・・・」

地を掴みながらも、鋭い眼光で俺を射抜くこの男。
あの至近距離から、よくも・・・

図体ばかりでかいだけでは無いようだ。
相手の潜在能力を計り違えては成らない。

「・・・少しは出来るようだ」

「光栄だ」

立ち上がりざまに一直線、俺目掛けて向かって来る猛り狂う斬撃。

受け止めては弾き、弾かれ。



一流の剣士同士なら多くを語らずとも、剣を交えれば分かる。

強さだけでは無い生き様そのものが、拮抗する鍔元から喰らい付いてくるかの如く、荒々しく伝わってくる。



――お前も命懸けで掻い潜って来たんだろう?


・・・おい。
お前の目に、俺はどう映っている?



向かって来る奴の望みは皆、一様に唯一つ。
俺の願いは、闘いの中には存在し得ない。

そして俺は挑戦者を沈めるだけだ。


誰も得をしない。

それでも捨てきれぬ程の望みか。


それでも――


「欲しいんだろう?・・・此処が」


『無敵』という称賛、『最強』という称号を。


聳える頂は幾つも要らない。

然れば、敗者が死ぬだけだ。


「死ぬ気で来い」

死ぬ事は恐れるに足りん。あの日、一度は死んだ身だ。

「最初からその気だ」

いいだろう。
此方も手加減は無しだ。




勢いを付け踏み込み、振り下ろした刀身は相手の鼻先を掠める。


後一寸、届かない間合い。


・・・誘う


一刀空振りと見せたその隙を態と狙わせる。


視界の端に刀を振りかぶり勝利を確信した男の面が見えた。


・・・残念だったな
勝機は此方に有る。


次の瞬間に急反転させる斬り上げは敵の意表を突くのに効果絶大。
仕留め損ねた事は今の今まで一度も――無い。


相手が俺の脳天をかち割るより速く、見舞う一閃。


胴は下腹から肩を抜けて裂け、そこから奔流する激しい熱情。

頂点を欲する強い思いがこれでもかと言わんばかりに、赤々と噴出して止まる事を知らない。

この男の純粋なる熱望だった。

たった今、俺が絶った。



崩れ落ち望みを断たれて尚、満足気なその男に最期の言葉を掛ける。

「・・・久々に秘技を出した。そしてこれ程熱い気持ちを持った奴と剣を交えたのも久々だった。」

これは本心から出た辞であり、せめてもの礼儀だと思った。


「・・・最期が貴様で良かった・・・さあ・・・」

「宮本武蔵・・・その名、覚えておこう」


剣を握り直したその時だった。

「師匠!」

「!」

「お前・・・!」


木陰から現れたのは、男を師と呼ぶまだ幼い童。

もう一つ感じていた気配の正体・・・。


「・・・佐々木小次郎!お・・・俺が・・・相手になる・・・!」

震える刃の切っ先を俺に向け迫るその童は逆上していたが、怒りとも恐れとも付かない感情に支配されており、声は抑えが効かない上擦っていた。



何時か見た様な情景だった。


――この童は、俺か・・・。


しかしこの剥き出しの闘争心。

あの時の俺とは決定的に違う。


俺は、闘えたか?立ち向かおうとしたか?あの時・・・

根を張った様にその場所から身動き出来ず・・・
只、命を磨り減らしてゆく師の後ろ姿を見ていただけだ。


俺は、弱かった。
だからこそ、生き延びられた。
他者に守られたからこそ・・・


今の俺があるのは、俺を生かした俺とは別の命があったからだ。



人の命の継ぎ目など、誰かが操るものでは無い。
誰彼構わず略奪して良いものでも無い。

無益な血が流れるのを、誰だって見たくは無い。


目の前の小さな命に、心底思う。





俺が強く成りたかった真の理由は――





「・・・童、命を粗末にするな」

未だ俺から目を逸らさず構えを崩さないそいつを見下ろし、刀を鞘に仕舞った。

「強くなれ。お前の師を越えるくらいに」

そうすれば、守れるだろう。
失わずに、済むだろう。



願わくば、俺の様に成らず――。



「・・・おい・・・」

背を向けてこの場を後にしようとした俺を、息も絶え絶えの男が呼び止めた。
俺は振り返らなかった。


「・・・また、どこかで会おう」

一度手の内を見せてしまった相手だ。
その時は俺が死ぬかも知れん。


だが、それで構わない。

俺は俺に与えられた命を全うするだけだ。








――――


――




『なあ、俺もあんたみたいに強くなれるかな?』

『ああ。お前は今に俺より強くなるさ。』

『適当な事言うな。なんでそんな事が分かるんだよ?』

『何でかって?・・・そりゃあお前が「弱っちい」からだよ。』

『はぁー?なんだそれ、意味が分からん!』

『ははは!伸びしろがあるってこった!』





――


――――




そう言ってあの時、俺の頭を乱暴に掻き撫でたその手は、
今の俺なんかより遥かに大きかった。







・・・何が『無敵』だ。
・・・何が『最強』だ。


傲るな。

更に、此処より上が在る。






――見てるか、師匠。


弱いだろ、俺。






あんたに立ち並ぶには

まだまだ青いらしい。






〜〜〜〜〜〜

BGM:カラス(ONE OK'LOCK):FFY 決戦(ギターアレンジver.):IN MY WORLD(ROOKIEZ is PUNK'D)


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