世界一初恋

□お盆休みの場合
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いつも目まぐるしくて忙しない出版業界。

しかし盆、年の暮れ、正月は最後の要となる印刷所が休みになるため、編集部も自動的に仕事が少なくなる。

そういうわけで日々働きっぱなし、『連休?え?それ美味しいの?』状態のエメ編メンバーにも、珍しくまとまった休暇が与えられることになるのだ。

まあ休みに入るその前はいつもより早い締め切りに追われて結局ゾンビと化すのだから、このシステムに異議を申し立てるものも多いとか少ないとか・・・。





「死・・・ぬ・・・・いや、いっそ殺して・・・。」




早まった締め切りまでの仕事を各人終え、編集部には屍よろしくほぼ息絶えた塊が5つ。


「なんかもう…お盆でご先祖様を迎えるより…自分があの世に行った方が手っ取り早い気がします…。」

「律っちゃん・・・それ・・ナイスアイディア・・・。」

「お前ら、馬鹿げたこと言ってねーでさっさと帰るぞ。」


ムクリと塊が起き、仲良く皆でエレベーターに乗り込んだ。






マンションが一緒ということで、不本意ながらいつも通り高野さんと共に家路につく。


「お前さ、休みどーすんの?」

「・・・とりあえず心行くまで寝て、明日の夜には実家に戻ろうかな・・・と。」


遠のきそうになる意識を繋ぎとめ、どうにか返事をする。


「ふーん。ずっと実家?」

「そのつもりですけど、それが何・・・」


あ…
そうだ、高野さんは。


ご両親ともすでにそれぞれの家庭があるから、帰る実家が…。



「あ、あの俺・・・すみませんっ・・・。」


疲れていたとはいえ、無神経すぎる自分の台詞につい謝罪が漏れる。



「ばか、なんつー顔してんだよ。久しぶりにゆっくりして、お袋さん安心させてやれ。」

ポンと頭に手を置かれる。
いつもならすぐに振り払うのに、今は何故かそれができない。

「ちゃんと親孝行して来い。休み明けは思いっきりコキ使ってやるから覚悟しとけ。」


そのまま特に会話もなく、きまずいまま足を進める。

気がつけば自宅の玄関前まで来ており、珍しく隣室に連れ込まれることなく「じゃあな」と別れを告げられた。

パタンと音をたてて閉められた1201号室のドアを、俺はただ呆然と眺めるしかできなくて…。

















「律!やっと帰って来たわね。もう少しこまめに戻ってきなさい。」

「か、母さん!わざわざ玄関まで迎えに来ないで良いから。体調はどう、大丈夫なの?」

「あなたがちゃんと連絡とって実家に寄り付いてくれたら、体調も万全になるんだけどねぇ。」

「う…。なるべく帰るようにするけど、仕事が忙しいんだから仕方ないだろ。」



あぁ・・・耳が痛い。
両親に心配をかけているのは十分自覚しているけど、あのハードスケジュールで実家に戻る元気があるわけないことも少しは理解してほしい。




「お盆の間はずっといるんでしょう?」

「えっ・・・。」



本来はそのつもりだった。

でもよくよく考えれば…毎年この時期実家に帰ると、杏ちゃんとそのご両親に会うのが恒例となっている。

親にも婚約の件は断りをいれ、杏ちゃんにも高野さんとの関係を知られた今、どんな顔をして会えばいいんだろう?

逃げちゃいけないとわかっているけれど…正直気まずい、よな。




それに思い浮かぶのは昨日の帰りがけの高野さんの言葉。



・・・高野さんは、休み中ずっと一人で・・・?



べ、別に俺が気にかける事じゃないし、心配する筋合いもないんだけどっ。



ただあの時…『親孝行して来い』だなんて、どんな気持ちで言ったんだろう、とか。

俯いていたからわからなかったけど、どんな表情をしてたんだろう、とか。

今…たった一人マンションで何をして、何を思って過ごしてるんだろう…とか。





気がつけば高野さんのことばかりが頭の中を占め、せっかくの帰省なのにそわそわと落ち着かない。





「…つ…りつ…律!」

「え?あ、何?」

「どうしたの、ぼーとしちゃって?」

「ごめん、母さん。俺まだ仕事が残ってて・・・明日親戚に挨拶したら、夜にでもマンション戻るから。」

「そんな!ちょっと律、お待ちなさい!」


文句を言う母さんに心の中でもう一度詫びながら、自室に逃げ込む。




ごめんね母さん。

でも…
やっぱり俺は、あの人を一人にさせたくないんだ。


マンションに戻ったからって、二人一緒に連休を過ごすわけじゃないけれど…。

そもそも高野さんが俺を必要としているかどうかもわからない…。


それでも、近くにいたいから。

あの人が寂しいと感じたとき、すぐに気づける距離くらいには…。













翌晩、俺は言葉通り見慣れたマンションに戻ってきた。



午前中はご先祖様の墓参りをして。

昼から夕方までは親戚から、やれ跡継ぎだ、やれ結婚だのの質問攻撃に合い。

帰り間際には母親からまたしても同じ内容の質問攻撃に合う。

日も暮れてやっとのことで電車に乗り込んでも、次はいつ帰るのとメールが来るので携帯をマナーモードにして鞄に突っ込んだ。

蒸し暑さのなか坂道を登りあげてマンションに辿り着いたときはもうヘトヘトで。




「つ、疲れた…。…というか、なんか頭痛いんだけど…。」



一日ぶりのベッドに倒れこみ、そのまま眠りにつく。






・・・なんで休みなのにこんな疲れてるんだろう、俺。
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