世界一初恋
□「I love you」の名訳 後半
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…が
「あーあれですか…」
生憎そう簡単にこのひねくれた性格は、それを許してはくれなかった。
「え、珍しい。覚えてんの?お前たいてい昔のことさっさと忘れるくせに」
「何ですかそれ!失礼ですよ」
「本当のことだろ。あー間違えた。自分に都合の悪いところだけさっさと忘れる、だな。」
「うっ…。」
ほら言い返せないだろ、とばかりににやりと高野さんが笑う。
確かに10年前のことを思うと結構俺って自分勝手な記憶構造になってるのかもしれない。
いや、でも人間って辛い記憶とかは脳が忘れようとするって言うし、生物上当然のメカニズムなわけで…と言い訳を心のなかでグルグルとしてみる。
「で?なんだったわけ。」
「い、いやーなんでしたっけ」
「お前…。覚えてんだろ?さっさと吐けよ」
高野さんがジト目で睨んでくるが、今更昔の自分の恥ずかしい告白なんてしたくもないし、するつもりもない。
「忘れました。俺って都合の悪いところだけさっさと忘れるヤツですからー」
応酬とばかりに言い返す。
「ふーん。じゃあ思い出せるように協力してやるよ。今晩じっくりと、な。」
「な、何言ってるんですか!!今晩とか意味わかんないです!」
「ショック療法って知らねー?体に衝撃与えて記憶とりもどすやつ。まあ衝撃っつーか…」
「ああああ、いいですいいです!!言わなくていいです!つかそんなことしなくて結構ですから!」
コイツ…!!!
公道で何言うつもりだよ!
「じゃあ思い出したか?」
「うっ…」
「何がうそだって?」
逃がしてくれる気はないみたいだ。
「いや、その…。…めっ名訳だと思いませんか?『I love you』 を『月が綺麗ですね』って。」
苦し紛れに話の大事な部分を避けて言ってみる。
「まあな。つかやっぱあれ、告白だったっつーことか。」
「なんでそうなるんですかっ」
「だってお前、そういうこと考えながら俺に言ったんだろ?」
「俺はただっ!編集者っていう言葉を扱う職業の者として純粋な尊敬をですねぇ…」
「はいはい、尊敬ね。で、うそって言うのは?」
「いや…。」
やっぱりそこにいくわけか。
確かにこの人相手に白を切ることは難しいだろうけど…。
いや、でも…。
「あ、なるほどな。そうやって俺が告白っつったのを違うって認めなかったことがうそってことだろ。」
言いよどむ俺に高野さんは一人納得したようにうなずきながら、意地の悪い、からかうような視線を俺に向けた。
「なっ!!!」
「やっぱりな。お前わかりやすすぎ。」
「〜〜〜っ!」
必死で隠し通そうとしたのにあっさりとばれてしまった。
「文芸が好きなのはいいけど、素直に『高野さんが好きです』って告白したら?」
「っ!!」
…確かに俺が素直じゃないのは認めよう。
自分の気持ちを相手に伝えることが大切だということもわかっている。
だからといってなんでもかんでも言えばいいってもんじゃないだろ!俺は曖昧な表現を好む生粋の日本人なんだよ!と心の中で反撃してみる。
あくまで心の中でだ。
どうせ口に出したらまたこの横暴で直球な男に言い負かされるか、恥ずかしい言葉をさんざん浴びせられるのが目に見えているのだから。