世界一初恋
□「I love you」の名訳 後半
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「そういえばさ」
唐突に高野さんが夜空を仰ぎ、話はじめた。
「前こうやって会社から帰るとき、お前なんか変なこと言ってただろ」
「変なことってなんですか?っていうか前っていつですか。」
仕事で疲れてるせいで口の利き方がずいぶんとぞんざいになっていることは十分承知しているが、それを取り繕う気力はもうないのだ、許してもらいたい
。
家が隣同士であるため今のように恋人関係になる前から俺たちはたびたび家路を共にしていたのだから、前と言ってもいつのことかさっぱりわからない。
というか俺からしてみれば、いつもいつも変なことを言うのは俺じゃなくてアンタの方ではないか。
いや…あれは「言う」ではなく「囁く」の方が正しいかもしれないが。
って何考えてるんだ俺!!!
「ほら、満月のときにさ。なんかお前やたら月にこだわってたじゃん。で最後にはそれうそですーみたいなこと言って。あれなんだったの?」
「っ!!」
高野さんの話を聞いて急激に顔面に熱が集まったのがわかった。
覚えている。
たしかにその日のことは覚えている。
今日みたいに月が綺麗な夜、俺は夏目漱石大先生の月を使った名訳を拝借して高野さんにささやかなる告白をしたのだ。
俺と同じく読書好きの高野さんには俺が意図していることがあっさりばれてしまったが、自分の思いに素直になれなかったあのころの俺は『何言ってるんだアンタは!』とそれを一蹴してしまった。
晴れて恋人という関係になった今ならあのときのネタばらしをしてもいいかもしれない。