夜空に消えた光・譲れない想い

□495年越しの仲直り
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「……終わったわね」


 ポツリと呟く。ここ最上階まで伝わっていた振動が止み、いくらか時間が経った。まず間違いないだろう。フランは赤池優也という玩具との遊びを終えたのだ…。

「これでフランを出せるわ…」

 安堵と罪悪感が入り交じった気持ちになる。目的を達した今になっても気分が晴れる事はなかった。
 分かってる。卑怯な手を使ってまで、人一人を死に追いやったのだ。それが例え劣等種族と考える人間でも……いや、そう考えるからこそ、吸血鬼の私の行為は酷く醜いものに感じられてしまう。吸血鬼という誇りを自分自身で穢してしまったと言ってもいいだろう。フランに関しても同じだ。仮に開放した所で一体何が変わるんだろう。私たちの関係に一体何の変化が生じるんだろう。恨みや憎しみをただただ募らせるだけの行為だと知っているはずなのに…。



コンコン



 不意にドアを叩く音が響いた。咲夜が今後の対応を確認しに来たのだろう。私は一つ息を吐き出す。

「……入りなさい」

 私の声に導かれるようにドアは内側へと開く。扉の先で待っているのは私の忠実な従者でメイド長の十六夜咲夜だと信じて疑わなかった。

「っ!?」

 だが、違った。彼女ではなかった。美鈴? 小悪魔? パチュリー? まさかのフラン? どれも違う。
 そこに居たのは、私がついさっきまで死んだと決め付けていた人物だった。何故まだ生きてる? フランに殺されたはずじゃなかったのか…? 


「メイド長じゃなくて……残念だったな」
「赤池…優也…!」

 思わぬ人物の登場に私は驚きを隠せない。それは奴の容姿にしてもそうだ。服は所々破け、打撲痕や傷跡が至る所で見える。左腕に至ってはグチャグチャに潰れ、機能を失ったかのようにダランと下がってる。全身も血だらけ、今の赤池優也は生きているのが不思議なくらいの重体だった。

(いや、それよりも…!)

「フランは! フランはどうしたのよ!?」

 私は声を張り上げる。コイツがここに居るという事は、信じられないがフランを打ち破ったに他ならない。なら、敗れたフランはどうしたのだろう。私の妹は今一体…。

「あぁ、あのガキか。あんたの事を嫌ってた…」
「……っ」
「どうしたっけなぁ。アイツには散々な目に遭わされたし…」

 自分の左腕を見ながら、赤池優也はボソッと呟く。最悪な事態が私の脳裏に浮かんだ。

「い、一体どうしたって言うのよ! 早く答えなさい!!」
「まあ……俺より酷い状態だっていうのは記憶してるけどね…」  

 奴は不適な笑みで返してきた。その笑みは信じがたい事実を示唆したのかもしれない。
 まさか…まさか……


「フランを殺したのかあああああっ!!」
 神槍『スピア・ザ・グングニル』


 怒りのあまりスペカ宣言すらも忘れていた。グングニルを片手に問答無用で奴に向けて━━

「勘違いしてるとこ悪いが殺してはいない」

 投げ付けようとした手を止めた。何だって!?

「それは本当だろうな!!」
「ああ。だが、奴には俺の能力を植え付けといた。少しでも変な真似をしたら、あんたの妹はこの世の存在ではなくなる…」
「っ!」

 信用できない。コイツの言葉は恐らく嘘八百に違いない。死ぬ間際まで追い込んだ相手を、一体どうして生かしておくのだろう。私が奴だったら絶対に生かしていない。報復のためやり返すだろう。そもそも未来も覗けない相手を信用するというのも無理な話だった。
 だが、それでいてグングニルをそのまま投げ付ける事もできなかった。フランを殺してないと聞かされ、ホッとしたような部分が私にはあったからだ…。

「だから、それも降ろすしかない…」
「くっ…」

 奴は私の持っている物を指差す。コイツの言っている事が何処まで本当なのかは分からない。だが、仮に全て本当なら、私の行動一つ一つがフランの死に直結する。安易な行動は取れない。それが分からないほど私もバカじゃなかった。

「……一つだけ確認したい。フランは……フランは本当に生きているのだな?」
「ああ。それは……それだけは約束する。後、俺の質問にいくつか答えてくれたら開放もしてやる…」
「その言葉に二言はないな…」
「……ああ」

 決して奴を信用したわけじゃない。だが、これもフランの、私の妹のためだ。もう後悔はしたくない…。
 私はグングニルの持つ手を下に降ろす。そして、そのままスペカ解除に至った。

「それでいい…」

 それを見て、奴は納得したような表情で頷いた。まるで私がこうするのは当たり前だと言わんばかりの表情で…。

(人間無勢がっ…!)

 怒りを必死に押し殺す。フランが開放されたら有無も言わせぬほどギッタギタにしてやる。そう心に誓いながら、奴の次の言葉を待った。

「さて、まあいろいろと聞きたい事はあるが、まず何が目的で俺を紅魔館まで呼んだ?」
「ふんっ。あなたなら心当たりがあるんじゃなくて? あなたの死を利用するためよ」
「……心当たりがないから聞いてるんだけどな」

 その表情からは何も意図する事は読み取れない。白々しい奴め…。

「私は最近起こった異変の主犯があなただと考えていたのよ。あなたが幻想郷に迷い込んで一ヶ月も経たない間に二つの異変が起こった。それも連続してね」
「……」
「主犯が赤池優也と考えた私は、あなたの死を利用しフランを地下室から解放する策を思いついた。手紙であなたを紅魔館まで呼び寄せ、フランの事は必要最低限語らず地下室まで誘導し、最後にそこでフランに殺させる。それが一連のシナリオだった。……最も今の状況じゃ私が甘かったと言わざるを得ないけど」
「それが俺の死……幻想郷に貢献したから褒美として出すってやつか…」
「察しが良いじゃない」

 咲夜と同じ答えに至るとは思わなかった。こう見えて頭の方は悪くないのかもしれない。

「だが、悪いが俺はそれに当て嵌まらない。文屋の新聞には載ってなかったが、異変を行っている奴は両方とも違う」
「何であなたがその事を知っているのかしら?」
「実際に最初異変を行った奴と戦ったからだ。今回の異変はそいつの能力じゃないって分かる」
「じゃあ、何で生きてるのかしら? あなたの話が本当なら戦う事も疎い外来人が生き残ってる事自体も不思議だわ」
「ちっ」

 コイツは少し苛立った様子を見せる。つい最近同じ質問をされていたというそんな顔だ。大体紫辺りだろう。

「……仮に俺が異変の主犯じゃなかったどうしたんだ? 俺は赤の他人だろ?」
「別に。人間の一人や二人殺されようが知ったこっちゃないわ」
「概ね俺が主犯だったとホラ吹く予定だったんだろうが…」
「さあ、どうかしらね…」

 適当に誤魔化した。いや、私の心の内をこんな奴如きに当てられた事が許せなかった。

「でも、こうまでして行いたかった事なのか? あんたの口から直接出すって言えば良かっただろ?」
「……」
「それが嫌でもメイド長を使う事だってできたはずだ。あんな風に閉じ込めなくても…」
「あなたの目の前に居るのは、フランが狂気を滲ませるほどの恨みや憎しみを生み出した元凶よ。その元凶と普段一緒にいるのよ。私の家族に被害が被るわ…」

 確かに私の口からじゃなく、咲夜の口からそう伝えるようにも考えた。だが、今回は場面と状況が異なる。命を落とす可能性だって否めない。咲夜は是非も問わず首を縦に振るだろうが、彼女だって私たちの家族なのだ。失う事なんてできない。それはパチュリーたちにも言える話だった。

「あんたの妹は違うのかよ…」
「……違わないわ」
「だったら━━」
「閉じ込めたのは私なのにその私が掌返して出してやる……そんな事、本当に言えると思う?」

 虫のいい話だ。閉じ込めるだけ閉じ込めて、出す時は何事もなかったかのように出すなんて…。

「でも! あんたと初めて会話をした時、本当に妹のためを想って行動してるのが分かった。こんな形を取ってまで妹を地下室から出そうとしたんだ。あんたの妹への想いは本物だ。それだったら━━」
「それが何だって言うの…」
「え?」
「それが何だって言うのよ。それを伝えた所で一体何が変わるって言うのよ! どうせ届きもしない想いなんか役にも立たないわっ!!」

 だから、私は不器用なんだ。今まで仲直りの言葉が言えなくて……「ごめんね」の一言も言えなくて…。
 胸の辺りが更に痛くなる。もう自棄だった。計画が失敗に終わった今、全てを吐き出した方が楽なのかもしれない。


「……教えてあげるわよ。私と…フランの事…」

 
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