夜空に消えた光・譲れない想い

□流した涙の意味…
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「よっと…」


 私は地面に足を置き、物音立てずに羽を仕舞う。ここから先は何が潜んでいるか分からない。慎重に喫した方が良いでしょう…。

(匂いは……っと、誰か居ますね…)

 匂いの方角に人影が二つ……私は近くの木陰に隠れて覗いてみる。
 一人は私より身長が少しばかり大きそうな人物、もう一人は私より身長が小さそうな人物で、チルノさんほどですかね。二人とも黒いフードをすっぽりと被っていた…。

 私は少し妙だと思った。確かに月が消えた関係もあって、妖怪の夜の活動はめっきりと減った。だが、減ったとは言っても、誰が好き好んでこんな場所に居るんだろう。違和感はあるが、二人からは妖力やら霊力のような力は感じない。恐らく人間…のはずだ。

(仮に妖怪に遭遇してしまったらどうお考えるつもりなのでしょう…)

 もちろん大怪我じゃ済まない。理性を失った妖怪に襲われても文句を言えない状況なのは確かだ。
 それにあの黒いフード……それだけでは判断できないが、あの悪魔(ゼクス)さんの仲間の可能性があった。私の失態の生み出した一つの要因…。

 と、とにかく、気になる要素満載だったので、私はしばらく二人の様子を観察してみる事にした。


「ほっほっほ……明日にも完成しそうですかね」
「……そう」

 大きい方は独特な笑い声を上げ、何かが完成しそうと言い、小さい方はそれに頷いた。私の耳に聞き間違いがなければ、大きい方は老人、逆に小さい方は女の子ってとこでしょうか。耳の方にもあまり自信はありませんが…。

「流石に眠たいよね? 少し休んで…」
「ほっほ、忝(かたじけ)ないの…」

 女の子の方はそう言うと、左手を老人の前に突き出した。



パアァァン



「っ!?」

 思わず声を上げそうになった。手を叩くような音が響いたと思ったら、老人の方の姿が忽然となくなっていたのだ。文字通り消えてしまったのだ…。

「……」

 消した張本人は老人が居た方を見向きもせず、そのまま何処かへ向かおうとしてる。私は慌ててその跡を追跡した。胸の鼓動も高まる。この子の能力がどういう原理でどのくらいの重量まで対象なのかは分からないが、人という実体をこうも簡単に消した事にもしかしたらの気持ちが働いたのだ。

(異変と関係してるかも…ですね)

 もちろん、あれだけでは分からない。だから、もっと様子を探ってみようと思った。



「……」

 暗闇と同じ色に染まる小柄な影は悠々と歩き続けている。一体何処へ向かうのか、私は忍者のように木陰に隠れ続けながら様子を窺う。こういう経験は一度や二度ではないが、流石にバレたら危険と本能が察してるためあって緊張の色は拭えない。カメラを持つ手も汗で滑りそうになる。
 しばらくして彼女の進む足取りがピタリと止まった。元居た地点よりかなり離れたと思う。そこは特に変わりのない、辺り一面には木々の集まりでしかない場所だった。

(ここで何を━━)


パアァァン


「!!」

 刹那、私が隠れていた木の根元部分が消え、雪崩のような音を立てて倒れ始めた。突然の事に私は全く動く事ができず、視界には忌々しい黒フードの断面が映ってしまった。

「やっぱり、誰か居ると思った…」
「あ、あはは……気づかれてたんですか…」

 今まで移動してたのは、私をおびき寄せるためだったのか。まんまと嵌った形となり、苦笑いしか浮かべられない…。

「えーっと……何処から感づいて?」
「あたしが「そう」って言った所から…」
「最初からですか……しかし、何で老人の方には伝えなかったんですか?」
「あんまり負担は掛けさせたくない。ここまで大変だったから…」
「だからって彼を消したんですか?」

 私は単刀直入に聞いてみた。見つかってしまったものは仕方ない、玉砕覚悟で聞いてやれという気持ちだった。だが、彼女は特に驚いた様子もなかった。そして、さぞ当たり前かのようにこう答えた。

「消したんじゃないよ。あたしは安全な場所に移動させただけ…」
「移動させた?」
「うん。今頃だとぐっすり寝てるんじゃないのかな? あたしたちの中では一番苦労してると思うし…」
「……寝てる?」

 安全な場所に移動させ、その場所でぐっすり眠っている? 一体どういう事なんだろう? 場所の移動というとあの隙間妖怪さんを思い出すが、それと同類の能力なのだろうか? それとも……
 いろいろと考えを巡らせてると、今度は逆に彼女の方から質問が飛んできた。

「ねえ、天狗のお姉さん。仮にあたしがお姉さんを見逃すとして、新聞にこの事……書く?」
「え?」
「朝にね、お姉さんが新聞配ってるのをお空で見かけたんだ。だから、どうなんだろうって…」

 普通書くと言う奴はいない。当事者が目の前に居るのにそんな事を言う新聞記者はいない。余程の度胸を持つ者か余程のバカかのどっちかだろう。私はそのどっちでもないし、ましてやこの子がまだ敵だという可能性も忘れたわけではなかった。同じ過ちだって繰り返したくない。


 だけど……


「……書きますね」

 私は書くと公言した。愚かな行為だっていうのは分かっている。でも、どういうわけか彼女からは敵意というものが全く感じられないのだ。それに私を消す事なんて気づいた時点でいくらでもできたはずなのに……今ですらそれもしない。

「……そっか。あたしの能力は消える関係だから、あたしが月を消しているって感じで?」
「そうですね」
「……あたしが異変を起こしてるのは正解なんだ…」
「はえ?」

 まさかの自白で変な声が出てしまった。いや、この月が消えた異変を行っている者が目の前に居るならこんな声も出るだろう。

「じゃ、じゃあ、その能力で月を……」
「ごめんなさい…」
「いやいやいや、ごめんなさいじゃないですって!!」

 思わずツッコミまで入れてしまった。彼女は自分で何を言ってるのか分かっているのだろうか?

「わ、私があなたの言った通りの事を書けば異変解決組があなたを倒しに、いや、潰しに来ますよ!」
「……」
「何だかあなたは悪そうな感じじゃないですし、その能力が完全に消す能力じゃないなら月を戻した方が良いですって!」

 私は警告を施す。だが、彼女は首を左右に動かした。

「それはできない…」
「な、何でですか!?」
「あたしは目的を果たさないといけない。そのためにはこの異変は大事なんだ…」
「そ、そんな━━」

「だから、ごめんなさい…」
「!?」

 ほぼ一瞬の出来事だった。彼女は左手を突き出し、私のすぐ近くまで接近していた!



パアァァン



 話に夢中になっていた私だったが、反射的に飛んだ事でそれを回避。空中で宙返りし体勢を整えた後、私は声を張り上げた。

「どうしてですか!? 何があなたをそこまでするんですか!!」
「あたし自身かな…」
「!?」

 また接近を許したのか私の真ん前に彼女が居た。この子、思ったよりも速い…!

「くっ!」

 私は彼女の脇を通り過ぎ、スピードを最大限まで上げた。今すぐに逃げ出さなくては危険だ。だと言っても、このまま妖怪の山まで逃げるつもりは毛頭ない。それだと仲間が危険に曝される。目的は博麗神社だ。こうなってしまっては仕方がない。そこで霊夢さんと共闘して戦おう。勘の良い霊夢さんならすぐ感づいてくれるだろう。異変解決組の一人でもある。協力すれば倒せなくもないはずだ。
 それまではこの速さで彼女を惑わし、何としてでも逃げ切って━━

「!?」

 だが、信じられない事に、彼女は私の後ろにピッタリと張り付いていた。振り切ろうとしたが、しっかりと付いて来てる。どんなに上下左右に動き回っても振り切れなかった。これも能力なのではと考えたが、すぐにその考えを改めた。最速屋の肌で感じたのだ。これは能力でも何でもない。純粋な彼女の速さなのだ。幻想郷最速と名の高い私と対等に張れるほどのスピード。
 いや、それどころか……

「なっ!?」

 回り込まれていた。私と…いや、それ以上の速さで…!



「そ、そんな…」
「ホントにごめんなさい…」

 彼女はゆっくりと左手を突き出した。これが走馬燈なのだろうか。私より速く動いていた彼女の動きが酷く遅く感じる。星空が輝く中、私たちの光景が静かに照らされる…。
 そんな時、私は初めてフードの中の彼女の姿を見た。

「!」

 私と同じ色をしているその瞳からは……一筋の涙が流れ落ちていた…。







パアァァン







「あたしには……もう居場所なんてないから…」

 
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